第771話 難航する会議
「まあまあ、落ち着きなされ。まずは帝国の現状を詳しく把握する必要がある。リル殿、帝国で消えたという勇者様の事を詳しく教えて下さらぬか」
「カレハ殿……いくら相手が勇者とは言え、これはケモノ王国とヒトノ帝国の問題ですぞ」
過去に勇者に救われた森の民の族長であるカレハだけは帝国の勇者の事は放置できず、口を挟む。その様子を見てライオネルが苦言を告げるが、それに対してカレハは淡々と告げた。
「そういうわけにはいかぬ、もう森の民とケモノ王国の確執は消えたのじゃ。今後はお互いに協力し合って生きていかねばならぬ。だからこそ我々を呼んだのであろう、リル女王殿?」
「ええ、カレハ殿の言う通りです。勇者に関わる出来事ならば森の民にも相談しなければならない、そう判断したからこそ私が呼んだのです」
「むうっ……」
ライオネルとしては勇者を特別視するカレハがこの会議に参加させる事自体が納得していないが、リルの判断であるのならば従わざるを得ない。だが、カレハとしても勇者が関わっているからといってあれこれ口出しするつもりはない事を説明する。
「安心されよ、ライオネル殿。我々も勇者殿が関わっているからといって無条件で力を貸せなどとは言わん。これはあくまでもケモノ王国とヒトノ帝国の問題、それは理解しておる」
「……いや、こちらも口が過ぎた。先ほどの言葉は忘れてくれ」
「よし、では話に戻そう」
カレハの言葉を聞いてライオネルは一応は納得すると、改めてリルは今回の議題の内容を話す。会議の本題は帝国へ勇者レアを派遣するかどうか、慎重に話し合う。
――事の発端は帝国の三勇者であるシュンが魔剣を手にしてしまい、突如として大迷宮で他の勇者へと襲い掛かり、姿を消した事が切っ掛けである。この辺の事情はリルも詳しくは聞いておらず、帝国の使者の話では急にシュンが暴走して襲い掛かったとしか聞いていない。
シュンが所持していた「魔剣カグツチ」はかつて数百年前に召喚された「ホムラ」という名前の勇者を狂わせ、彼は魔剣の力の欲望に飲み込まれて悪人になったという。
世界を救うはずの勇者が逆に世界を陥れる存在になり、最終的には彼は他の勇者によって討ち取られた。悪に堕ちた勇者の存在を歴史に残す事は決して許されず、彼の存在は隠蔽された。そのためにケモノ王国ではホムラの存在は殆ど語られていない。
「王城の資料を調べたところ、かつてホムラという勇者がいたという記録は残っています。ですけど、その勇者は流行り病によって死亡したと記録されていますね」
「当時の帝国は勇者が勇者に討ち取られる事を隠蔽するため、病気で亡くなったと噂を広めたんだろう」
「拙者の国では勇者ホムラは魔王との対決で敗れ、殺されたと伝わっているでござるが……」
「どうやら国によって別々の死に方をしているように伝わっているみたいですね」
ケモノ王国ではホムラは病死、和国では魔王に敗れて討ち死にしたと伝わっているが、巨人国ではホムラの名前が名付けられた鉱山も存在するぐらいであり、帝国と巨人国の間のみにホムラの死の真相が伝わっているらしい。
「そのホムラとやらが所持していた魔剣カグツチ……それを手にしたから剣の勇者が暴走したという話は真実なんですかね?」
「それは分からないな……だが、帝国の使者の態度から考えても嘘とは思えない。理由はどうにせよ、剣の勇者が行方不明になった事は事実だろう」
「それを探させるためにわざわざレア殿を派遣しろとは……」
「捜索するだけならばレアさんの力を借りる必要がありません。問題なのは見つけ出した後、誰が勇者を抑えるかが重要なんです」
「ふむ……魔剣を手にした勇者か、確かに抑えつけるのは苦労しそうだな」
魔剣の恐ろしさはリルもよくよく理解しており、彼女も少し前までは妖刀ムラマサを所持していただけに妖刀や魔剣の類の危険性は理解していた。特に魔剣カグツチは妖刀ムラマサも凌ぐ力を持つと言われている。
実際に聖剣を所持したアリシア、あらゆる魔法を扱えるヒナ、素手で牙竜に戦闘を挑む程の力を持つシゲルもシュンを止める事は出来なかった。そう考えるとシュンを止められる存在が居るとすれば彼と同じ勇者にして4人の勇者の中でも多大な功績を残すレアに協力を求めるのは必然だった。
「帝国の要望はレア君の派遣のみ、もしも剣の勇者を取り押さえる事が出来れば帝国はケモノ王国のどんな要望を聞き入れるらしい」
「どんな要望と来ましたか……なら、毎年帝国はケモノ王国に金貨1000枚を寄贈するように要求してみますか?」
「ふむ、それも悪くはないが……」
帝国からすれば剣の勇者であるシュンが問題を起こす前に取り押さえる事が重要であり、そのためならば多少無茶な要望は聞き入れるつもりだった。それを利用してリルはある考えを話す。
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