第755話 名は……
「……待て、お前は死霊人形を利用したといっていたな。だが、死霊人形といえども意思はあるはずだ。その死霊人形はわざわざ死ぬために従ったというのか?」
「いいえ、あの死霊人形も私自身ですよ」
「何を言っている……あの死体は聖剣で刺された。その後に俺の黒炎によって焼き尽くされたんだぞ。お前であるはずがないだろう」
イレアを名乗っていた死霊人形は確実にアリシアの聖剣によって突き刺され、聖属性の魔力を宿す聖剣に貫かれれば死霊人形であろうと浄化は免れない。更にその後に黒炎によって肉体は焼き尽くされ、現在はもう原型すら保っていないはずだった。
そもそも双子の死霊人形を用意したと言っていたのは目の前に立つ女性であり、彼女がイレアの双子の姉か妹である場合、イレアとは別の存在が死霊人形として蘇った事になる。だが、その言葉に対して女性は驚くべき真実を伝えた。
「死霊人形を蘇らせる場合に使用する死霊石の事はご存じですね?」
「ああ、知っている……それがどうした?」
「仮に死霊石に自分の魂を分け与える方法があれば……どうですか?」
「何だと……!?」
死霊石を埋め込まれた死体は死霊人形として蘇り、死霊石に宿った魂が死体を操る。しかし、本来は死霊石は死んだ人間の魂を宿す事が出来ないが、イレアを操る死霊使いは自らの魂を分離させて死霊石に宿した事を伝える。
「私の本体は少々特別な力を持っていましてね……魂を複数に分ける事が出来ます。それを利用すれば自分と同じ意思を持つ死霊人形を作り出す事も容易いのです」
「馬鹿な……魂を分離させるだと?そんな真似をすれば無事で済むはずがない」
「それをあなたが言いますか?数百年も魔剣に憑依していた貴方とて規格外の存在ですよ」
「……なるほどな」
シュンは魔剣に視線を向け、彼に憑依した「ホムラ」という名前の悪霊は元々は数百年前に召喚された勇者だった。ある時に力を追い求め、それによって同じく召喚された勇者と敵対し、敗れて討たれた。
しかし、死んだ後も怨念が消える事はなく、ホムラの魂は魔剣を器にして死霊石の如く宿り、数百年の時を魔剣の中で生き続けてきた。何度か魔剣に手にした人間が現れたが、その度にホムラは魔剣を装備した人物の肉体を奪おうとした。
「……お前の目的が何なのかは知らないが、一応は感謝するぞ。まさか、勇者の肉体を操れる日が来るとはな」
「貴方を目覚めさせるためにこちらも色々と苦労しました。恩を感じているというのであればこれからは強力して貰えますね?」
「ふん……いいだろう、俺は何をすればいい?」
「この世界に召喚された勇者……それを始末してほしいのです」
「勇者だと……あの二人の事か?」
ホムラは先ほどシュンを止めようとしたシゲルとヒナの事を思い出し、まだ魔剣に憑依している時に二人が勇者であるという話は聞き覚えがあった。魔剣に憑依している間の意識は曖昧ではあるが、あの二人を今すぐに始末してほしいのかと聞くと、女性はそれを否定する。
「いいえ、あの二人は脅威とはなりえません。しかし、ただ一人だけ我々の脅威となりえる存在が残っているのです」
「それは……解析の勇者とやらか?」
「ええ、あの勇者だけは決して生かしてはなりません……我が魔王軍の再興のため、あの勇者だけは始末する必要があります」
「ふん……勇者か」
勇者という単語にホムラは自分の肉体に視線を向け、よくよく考えればこの肉体の持ち主も「剣の勇者」である事を思い出す。かつてホムラが生きていた頃、彼もシュンと同じく「剣の勇者」と呼ばれていた。
シュンの肉体は連日の魔物退治でレベルも上昇しており、魔剣の力も制御できるようになるまで成長していた。これならば生前のホムラと同程度の力は引き出せるが、問題があるとすれば未だにシュンの魂は眠っている事である。
「俺がこの肉体を完全に操るにはシュンとやらの魂を目覚めさせない必要がある。今は仮死状態に追い込んで眠らせているが、いずれ目を覚ますぞ」
「ええ、確かに時間はありません。ですが、既に私の仲間が作戦に移っています。すぐにこの国を離れ、ケモノ王国へと向かいましょう。そこには剣の魔王が存在します」
「剣の魔王……だと!?」
剣の魔王という単語にホムラは反応し、彼が生きていた時代には存在しなかったが、伝説の魔王として語り継がれた存在である。まさか剣の魔王も蘇ったという話にホムラも動揺した。
「剣の魔王が生きているというのか!?」
「ええ、今のところは私に従っています。しかし、これ以上に時間を与えれば剣の魔王は私を排除しようとするでしょう」
「……まさか、俺に魔王と手を組めというのか?」
「いいえ、貴方にしてもらいたい事は……」
仮にも勇者であった自分に魔王と手を組めという提案をするつもりかとホムラは睨みつけるが、そんな彼に対して女性は内容を伝える。その話を聞き終えたホムラは考え込み、笑みを浮かべた。
「なるほど、そういう事か……悪くはない話だが、もしも俺がお前を裏切ったらどうする気だ?」
「その時は貴方をただの骸に戻すだけです」
「ちっ……いいだろう、だが目的を果たせば俺は自由にさせてもらうぞ」
「ええ、それは約束しましょう。貴方の力を借りるのは勇者を殺すまでの間……その後の事は自由にしてください」
「……そういえば名前をまだ聞いていなかったな。お前の事は何と呼べばいい?イレアと呼べばいいのか?」
ホムラはここで女性の名前をまだ聞いていない事を思い出し、尋ねてみると女性は少しだけ考え込み、答えた。
「私の事は……そうですね、ダークとでも呼んでください」
「……いかにも今考えた様な名前だな」
適当に自分の名前を名乗ったダークという名前の女性にホムラは呆れながらも、彼女共に行動を開始した――
※物語が遂に終わりに向けて動き始めました……今日は1話だけです。
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