第754話 イレアの正体

――意識を失い、魔剣に憑依する悪霊に完全に乗っ取られたシュンは大迷宮を彷徨い、その途中で襲い掛かってきた魔物達を全て黒炎で焼き尽くす。今の彼は力の制御など出来ず、歯向かう存在は全て排除した。



「ううっ……あああっ!!」

「や、止めっ……ぎゃああっ!?」

「ひいっ!?逃げろっ!!」

「殺さないでくれぇっ!!」



自分に近付く相手は人間であろうが容赦はせず、自分の救出のために訪れた冒険者であろうとシュンは情け容赦なく剣を振りかざす。彼が繰り出す黒炎に冒険者達は抑え付ける事も出来ず、逃げる事しか出来なかった。


やがてシュンは大迷宮の第一階層へと戻ると、彼は頭を抑えながら壁に背中を預けて荒い息を吐き出す。暴走しているとはいえ、ここまでの移動でシュンは体力を使い果たし、もう限界は近かった。それでもシュンは歩みを止めず、彼は座り込む。



「はあっ、はあっ……」

「……シュン様」

「っ……!?」



聞こえてきた女性の声にシュンは目を見開き、彼は振り返るとそこには自分の手で死体を焼き尽くしたはずの「イレア」と瓜二つの容姿をした存在が立っていた。死んだはずのイレアが現れた事にシュンは驚くが、すぐに彼は剣を振り払う。



「がああっ!!」



愛していた相手と瓜二つの容姿の人間に対してもシュンは躊躇なく黒炎を放ち、焼き殺そうとした。だが、その攻撃に対してイレアと思われる人物は全身から闇属性の魔力を纏うと、まるで炎が彼女を避けるように散ってしまう。



「うあっ……!?」

「……この姿で話しても躊躇なく攻撃しますか。ふむ、どうやら実験は成功したみたいですね」

「……なん、だと!?」



女性の言葉を聞いてシュンは初めてまともな言葉を口にし、頭を抑えながらも女性を睨みつける。そんな彼に対してイレアと瓜二つの女性は薬瓶を取り出し、それをシュンに手渡す。



「これを飲んでください、そうすればその肉体は完全に操る事が出来ますよ」

「……何?」

「それが貴方の望みでしょう……魔剣カグツチ、それともホムラと呼んだ方がいいですか?」

「っ……!?」



ホムラという言葉にシュンは信じられない表情を浮かべ、この状況下でその名前を耳にするとは思いもしなかった。しばらくの間はシュンは女性が渡した薬瓶を見つめると、やがて意を決したように飲み込む。


薬瓶の中身は黒色の液体であり、明らかに回復薬の類ではない。だが、シュンは躊躇なく飲み込んだ瞬間、彼の全身から闇属性の魔力が溢れる。



「これは……」

「私が長い時を掛けて作り出した「仮死薬」です。これを飲めば勇者であろうと二度と目を覚ます事はありません……即ち、その肉体は完全に貴方の手に堕ちた事を意味します」

「なるほどな……」



シュンは女性の言葉を聞いて笑みを浮かべ、先ほどまでは碌に口も利けない状態だったが、現在は普通に話せるようになっていた。彼は魔剣を目にして笑みを浮かべ、鞘に納めると改めて女性と向き合う。



「お前は……確か、この男の恋人だったか?」

「恋人?まさか……私がこの人に近付いたのは貴方を復活させるため、そのためにわざわざ双子の踊り子を殺してまで用意したのですから」

「踊り子だと……そうか、お前もさっき殺した女も死霊人形か」



女性の言葉を聞いてシュンは納得したように頷き、どうやら先ほどアリシアに剣で貫かれた「イレア」と目の前に立っている女性の正体が死霊人形であると見抜く。つまり、今までシュンを相手にしていたのは死霊人形であって生きた本当の人間ではない。




――少し前にシュンが大迷宮にてイレアと暮らしていた時、彼女は一切の食事をとっていなかった。それは死霊人形であるイレアには食事を行う必要はなく、当然だが五感もないために食事の味見も出来なかった。だからこそ彼女は調理を失敗した事に気付く事も出来なかった。




最初に出会った時からイレアは死霊人形であり、この場に存在するイレアと瓜二つの女性は双子の妹である。元々は美しい旅芸人の踊り子だったが、今回の計画のためだけに利用され、二人とも殺されてしまう。


この踊り子の双子を利用して剣の勇者であるシュンに近付こうとした人物の正体、それは始祖の魔王や剣の魔王、他にも海の魔王や地の魔王を復活させた存在と同一人物であった。



「貴方を復活させるためだけに随分と苦労させられましたよ。あの勇者が気に入る女性を演じるのは少々楽しかったですがね」

「なるほど……お前の目的は俺を復活させる事か」

「ええ、その通りです。かつては勇者と呼ばれていながら力に溺れ、歴史から名前を抹消された……そんな貴方だからこそ復活させる価値があると思いました」

「……そこまで知っていたか」



女性の言葉にシュンは眉をしかめ、完全に自分の正体が知られている事にため息を吐き出す。だが、ここで彼は何かが気になったのか女性に問う。

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