第753話 堕ちた勇者
「うがぁっ!!」
「きゃああっ!?」
「シュン!?てめえっ……女に手を出すなんて何をしてやがる!!」
「も、もう止めてよ!!シュン君!!」
シュンはアリシアを蹴り飛ばすと、その様子を見ていたシゲルが彼の元へ向かい、ヒナは杖を構えた。しかし、そんな二人を見てもシュンは正気を取り戻す素振りもなく、彼は魔剣を振り払う。
先ほどまでのシュンは相手が幼馴染や知人であるからこそ本気で魔剣の力を使う事はなかった。だが、暴走したシュンは手加減など出来ず、魔剣から黒炎を溢れ出し、広間を覆いつくす程の勢いで炎を放つ。
「がああああっ!!」
「うわぁあああっ!?」
「きゃあっ!?」
「シゲル様……ヒナ様!?」
蹴り飛ばされたアリシアが起き上がろうとした直後、二人の身体が黒炎に飲み込まれる光景を確認し、彼女の元にも黒炎が迫る。しかし、ここでアリシアの握りしめていたフラガラッハが光り輝く。
「フラガラッハ……!?」
フラガラッハを握っていた両腕勝手に動き出したかのようにアリシアは剣を構えると、地面へ突き刺す。その結果、聖剣から放たれる光が黒炎を寄せ付けず、アリシアを守るように光の膜が彼女を包み込む。
長年の間、フラガラッハを使い続けた彼女ではあるが聖剣にこのような力があるなど知らず、やがて黒炎が消えた時にはシュンの姿は消えていた。残されたのは酷い火傷を負ったシゲルとモモだけであり、後は先ほどアリシアに襲い掛かった暗殺者の死体が燃え尽きた状態で残っていた。
「御二人とも無事ですか!?」
「う、ぐぅっ……」
「あ、熱いよぉっ……」
アリシアは急いでシゲルとモモの元へ向かい、状態を確認した。死体が燃え尽きる程の炎で襲われたはずだが、驚く事に二人とも酷い火傷は負ってはいるが生きていた。勇者である二人は魔法の耐性が常人よりも並外れて高かったことが幸いし、絶命は免れたらしい。
二人が生きている事を確認するとアリシアはシュンを探すが、既に姿は見えない。どうやら立ち去ったようだが、ここでアリシアは燃え尽きた死体に視線を向けた。
(この女性はいったい……?)
焼死体を確認したアリシアは冷や汗を流し、死体の正体は間違いなく彼女が先ほど刺した女性の暗殺者だった。シュンと彼女がどのような関係なのかは知らないが、女性がアリシアに殺されたとシュンが勘違いした事は間違いない。
シュンの反応から余程大切な存在である事は間違いないようだが、その彼女さえも巻き込む攻撃を行い、そのままシュンは立ち去った。何が何だか分からないが、シゲルとモモは女性の事を知っている様子だった。
(まずは御二人を早く治療しないと……)
アリシアはシュンを追いかける前に倒れている二人の治療を行おうと回復薬を取り出す。先日にケモノ王国から輸入したリリスが作り出した回復薬であり、帝国が生産している回復薬よりも効果は高い。
普通の傷ならばともかく、火傷の類は傷は治しにくいがこのまま放置するわけにもいかず、アリシアはヒナよりも重傷なシゲルに対して回復薬を与えた。
「シゲル様、飲んでください」
「うぐっ……げほっ、げほっ!!」
「頑張って!!ちゃんと飲んでください!!」
シゲルの口元にアリシアは回復薬を流し込み、傷口の方にも回復薬を注ぐ。回復薬は飲めば人体の回復力を高め、更に傷口に注げば効果を増す。だが、どういう事かいくら回復薬を注いでも火傷が治る様子がない。
「これは……!?」
「がはっ……!!」
「はあっ……はあっ……あ、熱いよ……!!」
アリシアは回復薬が効果を発揮しない事に戸惑い、最初は回復薬が不良品かと思ったが、試しに彼女は先ほどの戦闘で自分が負った傷に回復薬を注ぐとすぐに効果を発揮した。僅か数秒で傷口が消えて痛みも感じず、確かに回復効果はあった。
「まさか、これが魔剣の力……!?」
魔剣カグツチで生み出した「黒炎」は闇属性と火属性の魔法の効果を持ち、この二つの属性の性質を持つ炎で与えられた傷は簡単には治らず、普通の回復薬の類ではどうしようもない。
以前にケモノ王国にも黒炎を操る存在が現れ、大勢の兵士が黒炎によって酷い傷を負った。この時はレイナとリリスのお陰で怪我人は無事に完治したが、生憎と帝国には二人は存在しない。
「御二人ともしっかりして下さい!!気をしっかりと持って!!」
「ううっ……」
「助けて……助けてよう……」
二人に対してアリシアは必死に声をかけ、先ほど逃げ出してしまった冒険者も当てにならず、彼女は一人で怪我人を抱えた状態で帰還するしかなかった――
――この日、帝国の三勇者の一人は姿を完全に消してしまい、残りの二人の勇者も起き上がれない程の重傷を負い、帝国は完全に窮地に陥った。
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