第751話 全てを壊す

「よくも、よくもぉっ……!!」

「シュン、もう止めろ!!これ以上は……あちぃっ!?」

「シゲル君!?」

「いけません、すぐに脱いでください!!」



シュンを抑えていたシゲルだったが、彼の服にも黒炎が燃え広がり、慌ててアリシアはシゲルに脱ぐように促す。シゲルはシュンから離れると身に付けていた上着を脱いでどうにか黒炎から逃れる。


万が一の場合を想定してシゲルが身に付けていた装備品はただの服ではなく、魔法耐性も備えた素材で構成されている。そのお陰で黒炎から肉体を守る事に成功はしたが、脱ぎ捨てた上着の方はやがて全体が黒炎に覆われていく。



(な、何だこの炎……普通じゃねえ)



前にも黒炎を見た事があるシゲルではあったが、ほんの少しでも炎が燃え移っただけで全身に広がり、もしもシゲルの判断が遅ければ今頃は全身が燃やし尽くされていた。



「シュン、てめえ殺す気か!?」

「……うるさい、黙れぇっ!!」

「いけません!?皆、離れてください!!」

『うわぁあああっ!?』



シュンは刀身から黒炎を纏った状態で振り払うと、まるで火炎放射器のように黒炎が周囲に拡散し、咄嗟にアリシアは他の人間に逃げる様に促す。


同行していた冒険者達は慌てて元来た道を引きかえし、モモの方は杖を構えて防御魔法を発動させる。シゲルは格闘家の技能を生かし、回避行動へ移った。



「わああっ!?マッ……マジック・シールド!!」

「うおおおっ!?」

「くっ!?」

「ああああああああああっ!!」



ヒナが杖を前に出すと緑色の魔法陣が展開し、黒炎を防ぐ。アリシアはモモの後ろに隠れ、シゲルの方は目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。彼もレアと同様に「神速」や「俊足」の技能を身に付けており、単純な身体能力は高い。



「シュン、この馬鹿野郎がっ!!落ち着け、あの女は敵なんだぞ!?」

「うるさい、黙れぇっ!!」

「シュン君!?落ち着いてよぉっ!!」

「……駄目です、正気を失っています」



愛する人を失った悲しみで現在のシュンはまともではなく、しかも魔剣の影響で彼の精神は正常な状態ではなかった。そのためにアリシアはシュンを落ち着かせるには魔剣をどうにかする必要があると判断した。


魔剣カグツチをシュンから引き剥がせば落ち着かせる事が出来るかもしれず、そう考えたアリシアはどうにかしてシュンに近付く方法を考える。だが、いくら聖剣を持つ彼女でも現在のシュンは連日に魔物を倒し続けてきた事で力を増しており、正面から挑むのは無謀過ぎた。



「……こうなっては仕方ありません、ヒナ様。水属性の魔法でシュン殿の黒炎を掻き消してください」

「えっ!?で、でも……」

「大丈夫です、貴方が魔法を発動させるまでは私が守ります!!」



防御魔法を展開している間はヒナは他の魔法は一切扱えず、仮に防御魔法を解けば黒炎が彼女を襲うだろう。それでもアリシアはシュンの魔剣に対抗できるのはモモしかいないと判断すると、彼女は聖剣フラガラッハを握りしめてモモの前に出る。



「頼みます、ヒナ様……貴女の力でシュン様を救ってください!!」

「わ、分かったよ……すぐに準備するからね!!」



ヒナは杖を下ろすと黒炎から守っていた結界魔法陣が解除され、アリシアは彼女を守るために聖剣を構える。我を忘れた様にシュンは周囲に黒炎を放ち、その攻撃に対してアリシアは聖剣で炎を振り払う。



「うあああっ!!!」

「旋風!!回転!!受け流し!!」



出来る限り攻撃範囲の広い戦技を扱い、更に防御用の戦技も発動させ、襲い掛かる黒炎を振り払う。当然だが普通の剣では黒炎を防ぐ事など出来ず、炎が触れただけで剣全体に黒炎が燃え広がる。


しかし、アリシアの所持している聖剣フラガラッハは闇属性に対抗する聖属性の魔力を宿し、そのお陰で黒炎であろうと切り裂く事が出来た。だが、炎を掻き消す度に刀身に熱が帯び始め、剣全体に熱が広がっていく。炎を振り払う度に柄に熱がこもり、煙が上がる。



「くぅっ……まだまだ!!」



両手に火傷を負いながらもアリシアは剣を手放さず、ヒナを守るために剣を振るう。そんな彼女の姿に感化されたシゲルはシュンを止めるため、彼も動き出す。



「シュン!!何処を狙ってやがる、俺はこっちだぞ!?」

「ううっ……あああっ!!」

「馬鹿野郎が……遠当てっ!!」



シゲルの声に反応してシュンは彼に顔を向けた瞬間、それを見逃さずにシゲルは距離が開いているにも関わらずに掌底を放つ。その結果、彼の掌から衝撃波が放たれ、シュンの顔面に的中する。


シゲルが使用した「遠当て」とは現実にも存在する技だが、こちらの世界では格闘家が扱える戦技の一種であり、気を集中させて放つ事で小規模の衝撃波を生み出す。威力自体はせいぜい使用者が拳を振り抜いた程度の威力しか出せないが、それでも隙を作り出すのには十分であった。



「ぐはぁっ!?」

「今だ、やっちまえ!!」

「ヒナ様!!」

「わ、分かった……ごめんね、シュン君!!」



遠当てによってシゲルが隙を作ると、それに対してヒナは杖を構えて青色の魔法陣を展開させ、水属性の上級魔法を発動させた。

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