第750話 狂った勇者

(イレア、君だけは何としても救い出す……絶対にだ!!)



イレアを救うためにシュンは全速力で駆け出し、不思議な事に普段ならば第四階層に潜む魔物達もこの時ばかりは彼は遭遇せず、血痕を辿って遂に彼は第四階層に繋がる出入口に辿り着いた。


血痕が階段にまで続いている事からシュンはイレアを攫った存在が魔物ではない事を確信し、彼女を連れ去ったのが人間である事が確定した。大迷宮の魔物は別の階層へ移動する事など有り得ず、そもそも第四階層の魔物がイレアを連れ去る理由がない。




――シュンは階段を駆け上っていくと、彼は第四階層へと到着する。この時、シュンが見た光景はイレアの胸元に聖剣を突き刺すアリシアと、彼女の足元に倒れている魔剣カグツチを目撃した。




目の前に広がる光景にシュンは理解が追いつかず、どうしてイレアがアリシアの件で刺されているのか、何故二人の足元に自分の魔剣が落ちているのか、彼は理解が追いつかずに呆然としていると、イレアが振り向いて呟く。



「シュン様……貴女の事を愛していました」

「な、何を言って……!?」

「……イレア?」



イレアの言葉にアリシアは戸惑うが、この時に彼女はシュンが第五階層から上がってきた事に気付き、驚いた表情を浮かべた。やがてアリシアの聖剣がイレアから引き抜かれると、彼女は地面に倒れ込む。


倒れたイレアの姿を見てもシュンは咄嗟に動く事が出来ず、何が起きているのか意味が分からなかった。しかし、すぐに彼はアリシアの他にもシゲルやモモ、他の帝国の兵士達がいる事に気付き、そして自分の手元から離れた魔剣とイレアの姿を見てある結論へ至る。



(まさか、僕から魔剣を奪うためだけに……彼女を殺したのか?)



アリシアに突き刺されたイレア、そして彼女の傍に堕ちている魔剣カグツチ、そしてシュンが魔剣を所持する事に難色を示していたアリシア、シゲル、モモがこの場に存在する事にシュンは最悪の想像を膨らませた。



「僕から、魔剣を奪うために……イレアを、殺したのかぁああっ!!」

「シュン殿!?落ち着いて下さい!!」

「おい、待てよシュン!?」

「どうしたのシュン君!?」



想い人を失った事による悲しみのあまりにシュンは涙を流し、同時にイレアを殺したアリシアに対して彼は駆け出す。アリシアは咄嗟にシュンを落ち着かせようとしたが、その前にシゲルが駆け出してシュンを抑えつけた。



「落ち着け、シュン!!」

「くっ……離せぇっ!!許さない、絶対に許さない……!!」

「シュン君、落ち着いてよ!?あの人は私達を襲って……」

「うるさいっ!!黙れぇえええっ!!」



シゲルに羽交い締めされたシュンは彼を無理やり振りほどこうとするが、身体能力に関しては拳の勇者であるシゲルの方が僅かに上回り、力ずくでは振りほどけない。先ほど襲われた時に怪我を負ったとはいえ、体力と回復力に関してはシゲルは勇者の中でも一番を誇る。


だが、愛する人を失った悲しみでシュンは正気を失い、無理やり彼から離れようともがく。幼馴染のモモが語り掛けてもシュンは聞く耳を持たず、彼は完全にイレアを殺したのがアリシア達の仕業だと思い込んでいた。


実際の所はシュンに変装したイレアがアリシア達を襲い、返り討ちされた。だが、シュンから見れば状況的に考えても自分から魔剣を奪うためにイレアを連れ去り、この場所で殺したとしか思えない。



「殺してやる……お前等、殺してやる!!」

「ゆ、勇者様……」

「お、おい……やばくないか?」

「本当にあれがあの勇者なのか……!?」



シュンは帝国に残った勇者の中でも最も信頼が厚く、兵士や民衆にも慕われていた。最近はケモノ王国との騎士団の模擬戦や魔剣の件で周囲の人間から危惧されていたが、それでもシュンがこの国のために全力で尽くしていると信じていた。


しかし、今のシュンは愛する人を失った事で正気を失い、この場に存在する者を全員殺しかねない気迫だった。その様子を見て説得は難しいと判断したアリシアはシゲルに告げた。



「シゲルさん、そのまま抑えてください!!気絶させて落ち着かせます!!」

「お、おい!?本気かよ!!」

「シュン君、落ち着いて!!アリシアちゃんもやめてよ!?」

「くそぉっ!!離せっ……離せぇえええっ!!」



聖剣を構えたアリシアは一旦は落ち着かせるためにシュンを気絶させようと近づくが、それを聞いたシュンは必死にシゲルから逃れようと暴れると、この時に地面に落ちていた魔剣が震え出す。


まるで正統な所有者の危機を感知したように魔剣カグツチは震え出すと、唐突に浮き上がってシュンの元へ向かう。その光景を目にしたアリシアとヒナは驚き、シュンの方は羽交い締めされた状態からでも腕を伸ばすと、魔剣を手にした。



「うおおおっ!!」

「な、何だぁっ!?」

「いけません!!シゲル様、離れてください!?」

「わああっ!?」

『ひいいいっ!?』



シュンは魔剣を手にした瞬間、刀身から黒炎が溢れると、先ほどのイレアが身に付けていた時とは比べ物にならない規模の黒炎が発生した。それを見たアリシアは聖剣を手にしてヒナを庇い、冒険者達は悲鳴を上げて引き下がる。

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