第748話 勇者の決別

――時は少し遡り、大迷宮の最下層にてシュンは魔剣の力を使いこなすために魔物を相手に切り付けていた。ここ数日は地上に戻る事もせず、最下層に留まる事が出来たのは彼に付いてきた「イレア」のお陰だった。



「勇者様、お目覚め下さい。もうすぐ夕食が出来ましたよ」

「んっ……ああ、眠っていたのか」

「はい、ぐっすりと眠られていました」



第五階層に存在する休憩地点、そこにはかつてレア達が訪れた場所でもあり、この第五階層の中でも唯一の安全地帯といっても過言ではない。そんな場所でシュンはイレアと共にテントを張っては寝泊まりしていた。


この場所にはかつてレアが作り出した家が存在したが、脱出の際にレアは家を別の物体に変換させたため、もう跡形も残っていない。それでも広間と呼べるほどに広大な空間のため、休むには十分な場所である。



「シュン様、どうですかお味の方は?」

「うん……美味しいよ。イレアは本当に料理が上手いね」

「そうですか、ならたっぷりと味わってくださいね」



イレアはシュンのために休憩地点にて彼が休めるように甲斐甲斐しく世話を行い、持ち込んできた食材で料理を作ったり、シュンが傷ついた場合を想定して回復薬なども持ち込んでいた。


最初の頃は危険な大迷宮にイレアを連れていく事はシュンも躊躇したが、今では彼女が傍にいなければ安心できない程にシュンはイレアに依存していた。この数日の間、彼女と行動を共にしている間にシュンはイレアに対して特別な感情を抱いている事を自覚する。



「イレア……君はどうして僕にそこまで尽くしてくれるんだい?」

「勿論、シュン様がこの世界を救う勇者だと信じているからです……ケモノ王国の勇者よりもシュン様の方が勇者として相応しいと信じています」

「そうか……でも、本当にそれだけかい?君は僕が勇者でなければここまでしてくれなかったのかい?」

「それは……もう、言わせないでください」



シュンの言葉にイレアは顔を隠して照れくさそうな声を出すと、その態度にシュンはイレアが自分に対して好意を抱いていると感じた。その事に関してはシュンも素直に嬉しく、彼もイレアの事を一人の女性として強く意識していた。



(ここから出られたら……いや、止めておこう)



イレアに対して告白したいという気持ちはシュンもあるが、今はまだ自分にはそんな資格はないと考えていた。イレアに告白するのは魔剣の力を完璧に使いこなし、世間では最も勇者に相応しいと呼ばれている「霧崎レア」を越える力を手にした時にシュンはイレアに想いを伝えようと決意する。



(彼女が望んでいるのは勇者としての僕なんだ……なら、誰よりも優れた勇者になるんだ)



ここまでの道中でシュンはイレアの支えのお陰で心を持ち直し、魔剣を手にした時から周囲との関係は上手く行かなかったが、最近は他の人間と接触せずに魔物を倒し続けた影響か、少しは心が落ち着いてきた。今更ながらに自分の行動の危うさを思い返し、彼は反省していた。


いくら強くなるためとはいえ、いきなり魔剣を持ち帰ってきた自分を周囲の人間が警戒するのは当たり前の事であり、シュンは地上に戻れば喧嘩してしまったシゲルとヒナに謝罪しようと考えていた。魔剣を使う事は悪い事ではないという思いはあるが、それでも二人に余計な心配をさせた事は間違いない。



(シゲルとヒナにも悪い事をしたな……でも、二人ともきっと分かってくれる)



イレアの料理を味わいながらシュンは魔剣に視線を向け、最近では魔剣の力もうまく制御できるようになり、以前のように興奮する事もなくなった。魔物を倒す時に魔剣の力で暴走しかけた事もあったのは事実だが、今は落ち着いて扱えるようになった。


確実にシュンは魔剣に心を奪われず、その力だけを引き出す術を身に付けていた。それもこれも自分を支えてくれたイレアのお陰であり、彼は改めてイレアに感謝の意を伝えようとすると、ここである疑問を抱く。



「イレア、君は食べないのかい?」

「……私はもう食べたので大丈夫ですよ」

「そうかい?なら、いいんだけど……」

「勇者様、それよりもスープも温まりましたよ。食べてください」

「あ、ああ……」



この数日、シュンは食事の際にイレアと共に食べた事はなく、いつも彼女は食事を準備する時は自分は先に食べたと告げるが、実際の所はイレアが食事をしている場面はシュンは見ていない。勿論、彼が見ていない間に食事をしているのだろうが、どうして自分と一緒に食べないのかシュンは不思議だった。


地上から持ち込んだ食材で作られた温かいスープを手渡されたシュンは不思議に思いながらも口にすると、思いもよらぬ味に彼は耐え切れずに咳き込んでしまう。



「げほげほっ!!な、何だ……!?」

「勇者様!?どうかされました?」

「……イレア、もしかして調味料を間違えたんじゃないのか?味見してなかったのかい……?」

「えっ……あ、ごめんなさい!!」



シュンは口元を覆いながら料理に苦言を申すと、イレアは申し訳なそうな表情を浮かべながら皿を受け取り、どうやら調理の際に失敗してしまったらしい。彼女が料理に失敗したのは初めての事であり、シュンも戸惑う。

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