第726話 君だけが味方だ

――身体の汚れを落とすためにシュンは水浴びを行い、身体を拭う。この時にシュンの他に彼の身体を洗うのを手伝う人物が存在した。それは皆がシュンを恐れる中、ただ一人だけ彼を恐れずに接してくれる使用人のイレアであった。



「シュン様、お疲れさまでした。今日はどうでしたか?」

「ああ……またレベルが上がったよ。やっぱり、大迷宮の方が外で魔物を倒すよりも経験値が上がりやすいね。イレアの言ってくれた通りだ」

「ふふっ……一段と身体の方もたくましくなりましたね」



イレアは半裸のシュンの身体を拭い、シュンの方は少し前ならば女性に身体を現せるなど抵抗感を覚えていたが、ここ最近は彼女に洗ってもらうのが日課になっていた。城内でイレアだけが自分と変わらずに接してくれることにシュンは安心感を抱く。


自分の幼馴染であるヒナでさえも最近は碌に話をしておらず、それどころか他の人間から恐れられている事にはシュンなりに思う所はあった。だが、自分が強くなるため、そして完全に魔剣を制御をするためにシュンは無茶な方法でレベル上げを行う。そのためには周囲の人間関係など気にしてはいられなかった。



「シュン様、本日はどれほどの魔物を倒しました?」

「……100から先は数えていない。でも、今まで一番倒したかな」

「お気を付けください、一つの階層で魔物を倒し続けた場合はより凶悪な魔物が生まれやすくなると聞いております。シュン様の身に何かあったら……」

「大丈夫、その時はその凶悪な魔物も倒せば問題ないさ」



イレアはシュンの背中に抱き着くと、彼女を落ち着かせるためにシュンはイレアの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。最近はこうして身体に触れあう事も多く、その事に対して少し前のシュンならば照れくささを覚えただろうが、今のシュンはイレアの優しさに心を癒して貰う。


自分が選択した方法とはいえ、周囲の人々から恐れられる事に対してはシュンなりに不安を抱く事もあった。だが、イレアだけは変わらずに接して彼のやり方を間違っていないと言ってくれたため、シュンはイレアと触れ合うだけで安らぐ。



(イレア……君だけが僕の味方だ)



もうヒナやシゲルやアリシアよりもシュンはイレアという存在に心を許し、彼女だけが味方であると認識する。そんな彼女に対してシュンは愛情を抱いても仕方がない。



(僕は強くなる、皆のためにも……君のためにも)



シュンはイレアを抱きしめ、自然と彼女の顔に視線を向け、イレアの方も拒みはしない。二人はゆっくりと顔を近づけ、唇が触れようとした時、ここでシュンは頭痛を覚えた。



「うっ!?」

「シュン様!?大丈夫ですか?」

「あ、ああ……くそ、またこれか……」



頭に痛みを覚えたシュンはイレアから離れると、立っていられずに座り込んでしまう。最近、魔剣カグツチを使い終えた後に頭痛に襲われる事が多くなり、その様子を見てレイアは彼を抱きしめる。


イレアの胸の中に顔を埋めながらもシュンは頭痛に襲われ、苦し気な表情を浮かべる。魔剣を使いすぎた影響で彼の体内の魔力が枯渇し、その影響で頻繁に頭痛が生じる。そんな彼にイレアは小瓶を取り出すと、口元に近付けた。



「どうぞ、これを飲んでください。そうすれば楽になりますからね」

「うっ……すまない、いつも助かるよ」

「シュン様のためですから……」



シュンは渡された小瓶の中身を飲み干すと、大分頭痛も収まり、ゆっくりと立ち上がる。最近はひどい頭痛に襲われるとイレアから渡された薬を飲む事が多く、薬を飲む度に頭痛はすぐに収まった。



「ふうっ、すまない……今日の所はもう休ませてもらうよ」

「ええ、お気を付けて……また後で部屋に尋ねさせてもらいますね」

「ああ、分かった……薬、助かったよ。ありがとう」



頭を抑えながらもシュンはその場を立ち去ると、その後姿を確認したイレアは口元に笑みを浮かべ、彼女は手にしていた薬瓶を覗き込む。



「ふふふ……ただの痛み止めなのにあそこまで感謝されるなんてね」



実はシュンに飲ませた薬は強い痛み止めであり、頭痛を誤魔化すだけで彼の肉体を治す効果はない。現在のシュンは連日の訓練で身体に負担が蓄積されており、それをイレアの薬で誤魔化しているだけに過ぎない。


この調子でシュンが痛み止めで身体の負担を抑えながら生活すれば、やがて身体の限界を迎えるだろう。だが、それでもイレアは彼を止めず、むしろ追い込むように彼に強くさせる方法を伝える。



「もっと強くなりなさい……ケモノ王国の勇者よりも」



シュンがこのまま強くなれば魔王軍をこれまで追い込んできた「勇者レア」を倒せる可能性はあった。そのためにもイレアは彼を止めず、薬漬けにさせて自分の命令に従う存在へと変えさせるため、次の策を打つ――

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