第722話 思い出がある乗り物

――それからしばらく時間が経過すると、本当にレアは転移台を利用して王都から大勢の兵士を呼び寄せ、砂船を起き上がらせるために全員が力を合わせて船に取り付け縄を引っ張り上げる。



「いくでござるよ!!」

「よし、全員息を合わせろ!!」

「うにゃっ……力仕事は苦手なのに」

「ほら、文句を言わない!!皆、頑張って!!」

『おうっ!!』



砂漠には大勢の人が集まり、その中には白狼騎士団や森の民、更には飛行船の開発のために集められたドワーフも集まっていた。彼等を指揮するのはレアであり、全員で力を合わせて横転した船を立たせようと力を合わせる。


船を起き上がらせる際にレアは複数のフラガラッハを用意し、力の強い物に貸し与える。更に今回はクロミンを「牙竜」の状態に変化させ、共に砂船を持ち上げるために彼にも力を貸してもらう。



「行くよ、皆……せぇのっ!!」

「ガアアッ!!」

『うおおおおっ!!』



全員が力を合わせて砂船に取り付けた無数のロープを引っ張り上げると、倒れていた砂船が徐々に起き上がり、この際に森の民が起き上がった砂船の反対側の方に移動し、精霊魔法で風を巻き上げる。



「勇者様を助けよ!!」

『はっ!!』



完全な修復を果たした「芭蕉扇」を手にした森の民の族長のカレハの号令の元、森の戦士達は精霊魔法で風圧を発生させ、起き上がろうとしている砂船を更に風の力で押し上げていく。


全員が力を合わせた結果、巨大な砂船は遂に完全に起き上がり、その様子を見ていた船長と船員は唖然とした表情を浮かべる。その様子を見てレアは額の汗を拭いながら彼等に語り掛けた。



「ふうっ……これで元通りですよ」

「あ、ああっ……す、すまねえ、助かった」

「信じられねえ……本当にあの状態から起き上がるなんて」

「でも、これでまた乗れますよ船長!!」

「お、おうっ……ありがとよ、勇者様よ!!これで俺達、また旅ができるぜ!!」



船長と船員達は喜び勇んで砂船の元へ駆け出し、まずは状態の確認を行う。その様子を見てレアは汗をかきながらも微笑むと、ここでリリスが話しかけてきた。



「レアさん、どうしてわざわざ壊れた船を直したんですか?しかもこんなに人手を集めて起き上がらせるなんて……新しい砂船を作って渡してあげる方が楽じゃないですか」

「まあ、正直に言えばそっちの方が楽で手っ取り早いけどさ……あの船の前で悲しんでいるあの人たちを見て放っておけなかったんだよ」

「どうして?あの人たちだって砂船がなければ生きて帰れないんですよ。別にわざわざこんな手間のかかる方法をしなくても……」

「……俺の作り出す物はあくまでも複製品、つまりは本物じゃないからね」



レアは船長と船員が壊れた砂船の前で泣き叫ぶ姿を見た時、彼等に新しい砂船を渡す事が出来ないと思った。理由は仮に壊れた砂船と瓜二つの砂船を作り上げたとしても、それは彼等が今までに乗っていた船ではない。


オリジナルと同等の代物を作り出せるといっても、レアの能力で生み出す代物は全て複製品であり、決して本物とは言えない。本物にも勝るとも劣らない物を作り上げたとしても、それはあくまでも本物と酷似した偽物でしかない。


船長と船員に新しい砂船を渡してもそれは彼等がこれまでに色々な思い出を築き上げた船ではなく、本物と非常によく似た船でしかない。そう考えるとレアは船長達に偽物の砂船を渡す事は出来ず、わざわざ人手を集めて砂船を起き上がらせていた。



「ごめんね、ドワーフの皆さんもこんな事に巻き込んで……」

「何を言ってるんですか、勇者様の頼みごとなら断らねえよ!!」

「俺達はあんたに命を救われたんだからな……やっと恩返しができましたよ」

「そうそう、魔王の奴を勇者様が倒してくれたから俺達は生き残れたんだ」



飛行船の開発のために集めたドワーフ族も手伝ってくれた事はレアも予想外だったが、彼等は始祖の魔王が襲撃した際にレアが王都を救った事を知っており、その恩義を感じて力を貸してくれた。


当然ではあるが森の民は勇者であるレアの頼みは断るはずがなく、白狼騎士団の面々も常日頃からレアと面識があり、彼の頼みならば断わらない。忙しい中に自分に力を貸してくれた彼等にレアは感謝しながらも、これで旅を再開出来る。



「よし、巨人国まであと少し……そこに辿り着けば巨人族の力も借りれるんだよね」

「そうですね、でも今日の所は王都に帰りましょうか。地の魔王の件もありますし……」

「よし、転移台を起動するぞ!!それと今日の訓練は免除する、帰り次第に疲れを癒せ!!」

『やった!!』

「あ、そうだ……ドワーフの皆さんにはお酒を用意しますね。勿論、レアさんのおごりです!!」

「えっ」

『うおおおおっ!!酒ぇえええっ!!』



チイの言葉に白狼騎士団の面々は喜び、リリスがドワーフにレアが酒をおごる事を伝えると、彼等は歓声を上げた。だが、その一方で森の民の族長のカレハだけは何か考え込む素振りを行う――

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