第708話 砂漠の異変
「ねえ、リリス……この砂魔蠍は亜種なのかな?」
「う〜ん、その可能性もありますけどちょっと腑に落ちませんね。亜種の場合は環境の大きな変化によって魔物が適応するため、より強靭な存在に変化を果たした個体を指します。ですけど、この蠍にしろ、さっきの砂鮫にしろ、身体だけが巨大化しています」
「それが何かおかしいのか?」
「そもそも身体だけが巨大化した亜種なんて聞いた事がないんですよ。餌が取れにくい環境ならば少ない餌でも生きていくために身体が縮小化させる魔物はいます。だけど、こんな場所で身体を巨大化させる理由がないんです。身体を巨大化させてより強い存在になろうとするのなら身体を巨大化させる以外にも戦闘に適した形態へ変化してもおかしくはありません。なのに、この巨大蠍にしろ砂鮫にしろ肉体が大きくなっただけで特に特別な能力を持ち合わせているわけでもありません」
リリスの言葉にレアは砂鮫の事を思い出し、確かに体長は大きかったが別に他に特別な能力が身に付けていた様子はなく、水が弱点という点も通常種と同じだった。
肉体だけが巨大化した砂鮫と砂魔蠍にリリスは引っかかりを覚え、とりあえずは砂魔蠍の住処に行けば何か分かる可能性があった。船長の話によると砂魔蠍は貴重な「浮揚石」と呼ばれる鉱石が取れる岩山を縄張りにしており、そこに行けばレア達が倒した砂魔蠍がどうして住処から離れた場所に訪れたのか理由が分かるかもしれない。
「とりあえず、砂魔蠍の住処とやらに向かいましょうか」
「ば、馬鹿なことを言うな!!お前等も分かっただろ!?砂魔蠍の恐ろしさを……」
「まあ、確かに厄介な敵だとは思いますけど……どんな風に戦えばいいのか分かったんで大丈夫だと思います」
レアは倒れている砂魔蠍に視線を向け、危うく毒殺されかけたが敵がどんな風に戦うのかが分かれば対策はいくらでも取れる。ティナもリュコも砂魔蠍がどのような存在なのかを知れたため、恐れは消えた。
「レア様の言う通りです、もう二度と不覚は取りません……次こそはレア様の足手まといにならないように戦います」
「こいつらの戦い方はもう見切った。次は負けない」
「な、何なんだお前等……そう言えばさっき、そこの兄ちゃんは勇者とか言っていたな。まさか、あんた……!?」
「仕方ありませんね……別に隠す必要もありませんし、お答えしましょう。この紋所が目に入らぬか!?」
「どこからそんなの出したの……というか、紋所って何?水戸〇門じゃないんだからさ……」
リリスはありもしない紋所を見せつけるように腕を伸ばすと、改めてレアの正体を話す。解析の勇者の知名度は最早ケモノ王国には留まらず、他国にも行き届いているのは先日の海底王国の一件で判明していた。
「この御方は解析の勇者様です。ヒトノ帝国で召喚され、現在はケモノ王国の勇者として大活躍している勇者様ですよ!!」
「ゆ、勇者だって!?」
「あの伝説の……」
「解析の勇者だと!?」
レアが勇者である事を知ると、船長も船員たちも驚愕の表情を浮かべ、彼等は顔を見合わせる。やがて船長はレアが本当に勇者であるかどうかを確かめるために尋ねる。
「ほ、本当にあんたは勇者なのか!?」
「一応……」
「な、なら……噂によると解析の勇者はどんな物も作り出せると聞いた事があるぞ!!それなら証拠を見せてくれ!!」
「そんな噂が流れてるんですか。流石に隠しきれていないようですね」
「何か作り出せと言われても……」
解析の勇者が様々な道具を作り出せるという噂は他国にまで知れ渡っており、現身に言えばレアの能力は「製造」ではなく、あくまでも作り替える「変換」の能力である。
最も能力の全容を明かすわけにはいかず、船長を納得させるためにレアは適当な道具を探し、腰に巻き付けたポーチに手を伸ばす。こちらのポーチも事前に文字変換の能力を利用してどんな荷物も取り込めるように改造を施しており、普通ならば入り切れない大きさの道具を取り出す。
「じゃあ、これを見てくださいね」
「な、何だ……ただの皿じゃねえか?」
「いいからよく見ててください」
レアはポーチから皿を取り出すと、船長達は呆気に取られた。皿を取り出して何をするつもりなのかと彼等は身構えると、レアは適当に解析の能力を利用して名前の項目を「皿」から「酒」という文字に変化させた。
次の瞬間、皿は光り輝くとやがてレアの手元に「日本酒」の酒瓶が収まり、その光景を目にした者達は呆気に取られた。あまり人前で能力を見せるのはよくない事だが、勇者である事を信じてもらうには仕方がなく、レアは酒瓶を渡す。
「どうぞ、俺の国で作られている酒です」
「さ、酒だと!?そんな馬鹿な……」
「ほら、この世界でたった1本しかない勇者の世界のお酒ですよ。欲しくないんですか?」
「あ、そっか……日本酒があるわけないよね」
リリスの言葉にレアはこの世界に日本酒が存在しない事を思い出し、似たような酒ならばあるかもしれないが、確かに本物の日本酒があるわけがない。船長は勇者の世界の酒という言葉に興味を抱き、恐る恐る受け取る。
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