第689話 その頃の剣の魔王
――海の魔王が倒された直後、ケモノ王国とヒトノ帝国の境に存在する山脈に存在する魔王軍の隠れ家に剣の魔王一行は留まっていた。この場所は現在も帝国や王国の勢力には知られておらず、一時的に彼等はこの場所を住処としていた。
元々は魔王軍の幹部が座っていた円卓には現在は甲冑の巨人、竜人、そしてかつては「剣の魔王」と呼ばれる存在が座っていた。彼等の前には少年の格好をした魔術師が存在し、彼こそが剣の魔王をこの地を蘇らせた死霊魔術師である。
「バッシュ様、どうやら海の魔王様は勇者に敗れた様でございます」
『何だと……?』
「あのカイオウがやられたというのか!?」
「バカナッ……!!」
少年の言葉に円卓に座っていた3人は動揺の声を上げ、この時に竜人のジャンだけは以前と比べてより人間らしい言葉を発していた。甲冑の巨人のギガンは相変わらず片言ではあるが、竜人の方はもう普通の人間のように声を出せていた。
「はい、先ほど海の魔王様の反応が完全に消えてしまいました。恐らくは海底王国に出向いた勇者の仕業かと……」
『……ケモノ王国の勇者か?』
「その通りでございます」
「信じられん、始祖の魔王様だけではなく、カイオウをも倒すとは……」
「グヌヌッ……ニンゲンゴトキニヤブレルナド、アリエヌッ!!」
ギガンは少年の言葉に憤るように机に拳を叩きつけるが、そんな彼の態度に少年はたじろぎもせず、淡々と告げる。その態度は3人に対して全く恐怖を抱いてはいない様子だった。
「勇者の存在を甘く見てはいけません。下手に手を出せば我々が滅びます」
「貴様、我等だけではなく、バッシュ様も敗れるというのか!!」
「ブレイモノガッ!!」
『止めよ、今の我々はこ奴がいなければこの世に留まる事も出来ん事を忘れたのか?』
勇者を侮るなと警告してきた少年にギガンとジャンは憤るが、その二人をツルギは止める。現状、ツルギ達はこの世に蘇ったのは少年のお陰であり、この少年がいなければバッシュ達はこの世に留まる事すら出来ない。
死霊使いが死亡すれば蘇った死霊もこの世に留まる術を失い、完全に浄化して蘇る事はなくなる。もしも少年を殺せばバッシュ達はもう二度と蘇る事はない。それを理解しているからこそツルギ達は少年に手を出せなかった。
「ご安心ください、海の魔王様が消えた事で私も力を取り戻しました。すぐに別の地の魔王様の復活のために動きましょう」
『別の魔王だと……今度は誰を蘇らせるつもりだ?』
「まだ決めてはいませんが……今度は帝国の地で敗れた魔王様を蘇らせようかと考えております」
「帝国だと?馬鹿な……帝国には3人の勇者がいるではないか。また蘇らせても勇者に敗れたらどうするつもりだ?」
「ご安心ください……王国の勇者と違い、帝国の勇者ならば我々の脅威にはなり得ません」
少年はジャンの言葉に返答すると、顔は笑ってはいないが帝国の勇者を見下している節が感じられた。バッシュは少年の言葉に腕を組み、彼は自分の肉体に視線を向ける。
『貴様……オウネンと言ったな?この身体は何時になったら戦えるようになる』
「もうしばらくお待ちを……新しい肉体が馴染むまでに時間が掛かります」
――バッシュはかつて勇者との最後の戦闘で失った左腕の代わりに鱗で覆われた腕が生えていた。厳密に言えば切り落とされた腕の箇所に新しい右腕が移植されている。
この腕の正体は魔物の死骸から奪い取った者であり、全身を鱗で覆われた右腕は元々は「サイクロプス」と呼ばれる魔人族の腕である。元々、バッシュは闇属性の魔力のみで構成された腕を生やしていたが、やはり実体がある方が色々と都合が良く、現在は完全に身体に新しい腕が馴染むまで動けないでいた。
『ふんっ、いいだろう……我が肉体が完全に復活するまでは大人しくしてやろう』
「はい、もう少しで新しい腕も馴染むと思います。それまではどうかお待ちください」
『……言う通りにしよう。だが、その間にお前が討ち取られてはたまらん。我が配下をお前の護衛として同行させる、文句はないな?』
「……分かりました」
バッシュの言葉に少年は頷き、無表情を貫いたままバッシュとの謁見を終える。彼の態度にツルギは内心では気に喰わなかった、何しろ目の前の少年は自分達に「名前」すらも明かしていない。
(……いつまでも我々が大人しく従うとは思うなよ)
現状ではバッシュ達は少年に逆らえないのは彼を殺せば自分達はこの世に留まる事は出来ないからである。しかし、永久に彼に従うつもりなどなく、現在の状況を打破する方法を模索していた。
わざわざ自分の配下を同行させるのは少年の動向を調べさせ、何かしらの情報を得るためである。自分と同じく始祖の魔王に仕えていた存在だとは知っているが、ツルギさえも少年の事は殆ど何も知らない。そのため、彼の事を知るためにもツルギは自分の片腕を同行させる事を決めた――
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