第682話 勇者の大船

「名前は確か……アルティメット・ブレイブ号と伝えられています」

「え?すいません、もう一度いいですか?」

「ですから、アルティメット・ブレイブ号……」

「……中二病満載の名前ですね」



レアとリリスは勇者の船の名前を聞いて頭を抱え、当時召喚された勇者の名前のセンスが若干あれのようだったが、とりあえずは10文字ではないので文字変換の能力で作り出すのは不可能だった。


10文字に収まり切れない名前の物体はレアでもどうしようも出来ないかと思われたが、船であるのならば勇者の船であろうと作り出す事は可能だった。だが、曖昧な文字で文字変換を行う場合、レアの想像した物、あるいはそれに近い物が誕生する仕組みである。つまり、レアが実物を知らない限りは現状では勇者の船を作り出せない。



「……この様子だとレアさんがその勇者の船を見ない限りはどうしようもなさそうですね」

「でも、その船が廃船だったらどうしよう?文字変換を利用してもボロボロの船が出来上がるんじゃないのかな……」

「う〜ん、そこは現物を見ない限りはどうしようもありませんね。そもそも数百年前に作り出された船が使い物になるのかどうか……」

「あの、何か気になる事がありましたか?」



ぼそぼそと二人きりで話し合うレアとリリスにセリーヌは心配した表情を浮かべるが、何にしても現物を見せて貰う事にした。



「あの、じゃあそのアルティメット・ブレイブ号という船を見せてくれませんか?」

「わ、分かりました……準備は出来ています。では、案内しましょう」



セリーヌはレアの言葉を聞いて頷き、かつて勇者と人魚族が作り上げた船と、海龍リバイアサンの死骸が封印されている場所へと向かう――






――海底王国から数キロほど離れた場所には海溝が存在し、この海溝には「ヒカルコケ」という名前の苔が生えており、名前の通りに光り輝いている。そのお陰で暗い海底も明るく、灯りが無しでも先に進む事が出来た。



「何とも不思議な光景だな……まさか、海の底に光を放つ苔があるとは」

「この植物は元々は自然界には存在しません。学者の勇者様が作り出された特殊な植物です」

「えっ!?学者の勇者なんていたんですか?」

「レアさんはご存じなかったのですか?学者の勇者様はありとあらゆる分野の学問に通じ、あらゆる物を作り出したそうです。地上の方々が扱っている魔道具の多くも学者の勇者様が考案された道具だと言われていますよ」

「し、知らなかった……」

「ほほう、私の様に聡明な勇者もいたんですね」

「はっはっはっ、リリス。今のは面白い冗談だったぞ……冗談だよな?」



この世界に広まっている魔道具の大半を作り出したのは「学者」の称号を持つ勇者であるらしく、一般に広まっている魔道具の殆どはこの勇者の知識を生かして作り出された事が発覚する。このヒカルコケという植物も勇者が残した植物らしく、元々は自然界には存在しない植物だと判明した。


改めて過去に召喚された勇者もレアに負けず劣らずの特殊能力を持ち合わせていたらしく、植物や魔道具を作り出すなど普通ではない。最も歴代の勇者の中で特異な能力を持ち合わせているのはレアである事は間違いないだろう。



「それにしてもまさか海を移動するのにこんな乗り物に乗るとは思いませんでしたね」

「まさか、海の中に潜った後に馬車に乗り込むとは……」

「これを馬車と呼んでいいのでしょうか……」

「……イカ車?」

『ジュララララッ!!』



現在のレア達はセリーヌが用意した大人数が乗せられる馬車のような乗り物に全員が乗車しており、その馬車を運んでいるのは巨大イカの「クラーケン」である。クラーケンは先日の戦闘で暴走していたが、現在は涙の指輪を取り戻した事によって正気を取り戻し、海龍と勇者の船が沈んだ海溝までレア達を運んでくれていた。


セリーヌと他の人魚族の護衛は馬車の後に続き、レア達の護衛を行う。海の中ではレア達も思うように動けず、魔物に襲われた場合を想定して彼女達も同行してくれた。仮にも一国の女王が護衛に参加するなど大丈夫かと思われるが、人魚族は森の民と同様に勇者を大切な存在として扱ってくれる様子だった。



「それにしても神秘的な光景ですね……」

「暗闇の中にヒカルコケだけが光ってるんでまるで宇宙に来たようですね」

「うん……でも、海底王国を救った勇者はこんな場所で戦って死んじゃったのか」

「こんな美しい場所で最期を迎えたんなら満足だったんじゃないですか?私は死ぬのは絶対に嫌ですけど」

「不謹慎だぞリリス……」



馬車ならぬイカ車に乗り合わせながらレア達は外の風景を覗いていると、ここでレアはある疑問を抱く。それは少し前から魚などが全く見かけられず、姿を消している事に気付く。

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