第672話 呪詛の浄化

――白狼騎士団に所属する者の中でネコミンは唯一の治癒魔導士であり、彼女は本来ならば騎士などの役職ではなく、魔導士の役職を与えられるはずだった。しかし、リルの意向で彼女は魔導士としてではなく、騎士として仕えている。


理由としてはリルが信頼する人間を傍に置きたかったこと、他にはネコミンは治癒魔導士でありながら「魔爪術」という独特の戦闘法を身に付けていたという理由が大きい。魔爪術は自らの魔力を実体化させ、本物の動物の爪のように変化させる力を持つ。


この魔爪術を扱える者はネコミン以外にはおらず、彼女は生まれつき自分の魔力を操作する技術に秀でていた。魔導士としては天才の領域に立っていると言っても過言ではない。しかもネコミンの場合、レアと出会ってから格段に腕を上げていた。


聖剣を使用した訓練は彼女も行い、魔物を倒す事でネコミンもレベルを上げていた。現在の彼女はレベル50を迎え、治癒魔導士の人間の中で彼女程レベルが高い者は世界中を探し回っても数人といない。つまり、ネコミンは治癒魔導士の中では指折りの存在へと成長を果たしていたのだ。



「ヒーリング」

「うっ……あああっ!?」

「ぐううっ!?」

「ほわぁっ!?」



ネコミンが回復魔法を発動させると、数人の兵士が声を上げ、彼等の身体に広がっていた呪詛が薄れていき、やがて完全に消え去る。その様子を見ていた者達は驚きの声を上げ、一方でネコミンは治療を終えると額の汗を拭う。



「ふうっ……流石にこれだけの人数だと骨が折れる」

「す、凄いよネコミン!!よしよし、頑張ったね〜煮干し食べる?」

「わぁいっ」

「いや、まだ治療中ですから!!そんなネコを可愛がる飼い主みたいなやりとりしてる場合じゃありませんから!!さっさと手伝ってくださいよ!!」



レアがネコミンの頭を撫でまわし、何処からか取り出した煮干しを彼女に分け与えようとすると聖水が入った薬瓶を手にしたリリスが注意を行う。彼女の傍には大量の聖水が入った薬瓶が存在し、これを利用すれば普通の人間でも呪詛に侵された物を治療できる。


軽度の症状の兵士には聖水を分け与え、重症な者はネコミンが回復魔法を施し、浄化を行う。これを繰り返す1時間も経過すると、全ての呪詛に侵された兵士を救い出す事に成功した――






――治療を終えた後、レア達は幕舎の方へ移動して改めてガームの報告を受ける。彼は呪詛に侵された兵士達を救ってくれた事に感謝する一方、彼等が呪詛に侵されるまでの経緯を話す。



「領地内の関所が次々に破壊されたという報告が届いた後、すぐに軍団長を呼び寄せて賊の対応に向かった。しかし、敵は手強く、特に甲冑の巨人の強さは異常だった……奴の強さは恐らくは俺やライオネル大将軍をも上回るだろう」

「例の報告に聞いていた通りですね。しかし、元大将軍のガームさんでも敵わない存在とは……」

「奴等の強さは尋常ではない……甲冑の巨人以外にも、黒色の炎を生み出す化物がいた」

「まさか、それが例の黒マントの……?」

「いや、違う。黒炎を生み出していたのは全身が漆黒に染まった竜人リザードマンだった」

「りざ……?」

「魔人族の中でも珍しい竜と人間が合わさったような姿をした種族です。でも、竜人は遥か昔に絶滅したと聞いてますけど……」



ガームによると甲冑の巨人と黒マントの人物以外にも漆黒の鱗で覆われた竜人と呼ばれる種族が存在したらしく、その竜人が吐き出す黒炎によってガーム達は呪詛に侵されたらしい。



「その竜人が吐き出した炎を受けた者は火傷に侵されるだけではなく、呪詛が体を蝕み、既に犠牲者も生まれてしまった……現在、奴等は聖地へ向けて移動を行っている。恐らく、今頃はもう……」

「くっ……間に合わなかったか」

「竜人まで敵に回ったとは……確実に勢力を増やしていますね。すぐに対処しないといけません」

「いや、竜人だけではない。奴等は移動の際にバイコーンのような巨大な馬を従えていた」

「バイコーン!?」



バイコーンの名前が出るとリリス達は驚き、レアも名前ぐらいは聞いた事がある有名な存在だった。別名は二角獣と呼ばれ、額に2本の角を持つ黒馬である。ユニコーンが純潔を司る存在ならば、バイコーンの場合は不順を司る存在と言われている。


敵の勢力は黒マントの魔導士、甲冑の巨人、漆黒の鱗の竜人、そしてバイコーンを含めた4つの脅威が北方領地を侵攻しているという。それぞれが鬼の様な強さを誇り、ケモノ王国最強と謳われる北方勢力が手も足も出ない程であった。



「勇者殿の強さは我々も先の戦でよく知り尽くしているが、奴等も尋常ではない……特に甲冑の巨人、奴はあまりにも危険過ぎる。このまま放置するわけにはいかんが、無策で挑んで勝てる相手ではない……」

「ガーム将軍にそこまでいわせるとは……」

「大丈夫ですよ、転移台があるから緊急事態の時はすぐに私達も呼び寄せる事が出来ます。どんな敵だろうと私達が力を合わせればどうにかなりますよ……多分」



今回の敵の勢力が得体が知れないだけにリリスも軽口を叩けず、不安を隠せない様子だった。一方でレアの方は敵が聖地に間もなく辿り着こうとしている事を知り、すぐに後を追わねばならないと考えた。

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