第670話 北方領地へ
――王都を白狼騎士団が出発してから数日が経過し、遂に白狼騎士団はガーム将軍が管理する北方領地へと到着する。ガーム将軍が率いる軍隊と合流すると、そこには幕舎の中で傷の治療を受けているガームの姿があった。
「ガーム将軍!!ご無事ですか!?」
「おおっ、お前達は……白狼騎士団の団長のチイと、勇者殿か!!」
「将軍、動かないでください!!治療はまだ終わっていませんよ!!」
幕舎の中にレアとチイが入り込むと、ガームは立ち上がろうとしたが怪我の治療を行う衛生兵に抑えつけられる。いったい何があったのか、ガームの右腕は酷い火傷を負っていた。
「ガーム将軍、その怪我は……?」
「ぐうっ……敵にやられた。奴らの中に黒色の炎を操る奴がいてな、そいつにやられた傷だ。回復薬の類では火傷は治りにくく、治癒魔導士の回復魔法を受けているのだが……どういうわけか、一向に治る気配がない」
「そ、そんな……」
ガームは魔王軍の配下と思われる敵の集団と交戦した際、怪我に酷い火傷を負った。軍隊に所属する治癒魔導士が必死に治療を試みるも、普通の火傷ならば治るはずの回復魔法も受け付けないという。
ガームの告げた「黒色の炎」という言葉にレアは王都で戦った「始祖の魔王」が取りついた雷龍が吐き出した黒炎を思い出す。もしもガームが受けた傷が始祖の魔王が雷龍の身体を通して吐き出させた黒炎と同質の場合、このまま放置するのは危険だった。
(解析!!)
すぐにレアはガームの状態を確認するために解析を発動させると、案の定というべきか現在のガームの状態は普通ではなく、状態の項目に「呪詛」と表示されていた。
「チイ、ガーム将軍を調べたら状態の項目に「呪詛」と表示されているんだけど……」
「じゅ、呪詛だと!?」
「うおっ!?急にどうした?」
チイにレアが囁きかけると、彼女は驚きのあまりに声を抑えきれず、ガームも驚いたように顔を上げる。その様子を見てチイは慌てて口を塞ぐが、もう誤魔化しきれないと判断したチイはガーム将軍に真実を語る。
「ガーム将軍、落ち着いて聞いて下さいね。今の将軍は「呪詛」というのに侵されています」
「……そうか、やはりそうだったのか」
「そ、そんな……!!」
呪詛に侵されたという言葉にガームは納得したのか頭を抑え、傍に控えていた衛生兵は腰を抜かす。その様子を見て「呪詛」というのはどういう状態なのかをレアはチイに尋ねた。
「チイ、呪詛というのはそんなにまずいの?」
「まずいも何も……呪詛に侵された人間が治す方法は限られている。呪詛は毒や病気の類とは異なり、薬の類ではどうする事も出来ない。呪詛に侵された人間は身体が黒色に変色し、徐々に全身に広がっていく。呪詛が全身を覆い込めば身体は腐りはじめ、やがては死に至る……」
「そんな……治療法は!?」
「高位の治癒魔導士や修道女ならば浄化の魔法で呪詛を浄化できると聞いているが、そこまでの力を持つ治癒魔導士は……」
「うむ、残念ながらここにはいない……そもそも治癒魔導士や修道女の称号を持つ獣人族は少ないからな」
人間と比べて獣人族は魔導士の称号を持つ者は非常に希少であり、戦闘職のような称号を持つ者が大半を占めている。これは種族的に獣人族は魔法よりも戦闘に向いているからであり、生憎とガーム将軍の軍に在籍する治癒魔導士の中には呪詛を浄化できるほどの力を持つ存在はいない。
レアの能力を使用すればガームを救い出せる事は出来るかもしれないが、生憎と呪詛に侵された者は彼だけではなく、陣内には数百名の兵士がガームと同様の状態に陥っているという。
「この陣には俺を含めても数多くの兵士がどうやら呪詛に侵されているようだ。全員、治療を試みているが進展はない……」
「そんな……」
「くそっ、我々がもっと早くに来ていれば……!!」
「勇者殿よ、どうにかお主の力で兵士達だけでも救う事は出来ないのか?無茶を言っている事は分かっているが……」
「それは……」
レアの解析と文字変換の能力を使えば呪詛を消し去る事は容易い。だが、文字変換の1日の文字数は決められており、多くても1日に5人しか救えない。仮に兵士全員を治すにしても何十日も掛かるか分からず、治療の間にも呪詛が侵攻して大半の兵士が死亡するのは分かり切っていた。
万能に思われるレアの能力の弱点は文字数であり、この文字数の制限がある限りはレアも兵士全員を救う手立てはない。しかし、自分は救えないとしても、救う方法を知っている人物ならばレアも心当たりがあり、ここでレアは鞄の中から用意していた物を取り出す。
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