第661話 魔蟲

「うぎゃああああっ!?」

「何だ!?急にどうした!?」

「あ、頭が……頭がぁああっ!?」

「ひっ……!?」

「な、何ですかいったい!?」



頭を抑えて悲鳴をあげる船長の男に全員が焦りを抱くが、突如として彼の頭が膨らみ始め、やがて内側から破裂する。破裂した箇所から血飛沫と共にムカデのような虫が飛び出すと、地面に落ちた。


頭が内側から「虫」によって食い破られた船長の男は倒れ込み、もう回復魔法や回復薬でも助かる状態ではなかった。頭部から出現したムカデを想像させる虫は地面を這いつくばると、やがて近くに存在した別の海賊の男へ飛び掛かる。



「キぃイイイッ!!」

「ひいっ!?」

「このっ!!」



咄嗟に傍に立っていたウオが槍を繰り出すと、海賊に襲い掛かろうとした虫を地面に抑えつける。最初はもがき苦しむように虫は暴れるが、やがて力尽きたのか動かなくなってしまった。その様子を見てセリーヌは動揺を隠せず、アリシアも口元を抑えて黙り込む。



「な、何だったんだ……こいつは」

「ちょっと見せてください」

「リリス!?危ないよ!?」

「大丈夫です、もう死んでますよ」



三又の槍に抑えつけられた虫の元にリリスは訪れると、試しに短剣を取り出して刃先でつついても反応は示さず、既に死亡している事を確認する。彼女はそれを確認すると、虫の姿形を見てとある種類の魔物を思い出す。



「思い出しました、この魔物は魔蟲です」

「ま、魔蟲……?」

「昆虫型の魔物の中でも他の生物に寄生する種類の危険な生物です。場合によっては人間にも寄生する事があります」

「そんな恐ろしい魔物がいるのですか!?」

「……怖い」

「ぷるぷるっ……」



リリスの言葉に全員が顔色を青ざめ、一方で彼女は死んでしまった船長に視線を向け、疑問を抱くように地面に横たわる魔蟲に視線を向けた。



「気になる事があるとすればどうしてこの状況で魔蟲が出現したかです。まるで、この男が何かを伝えようとした瞬間に口封じとばかりに出てきたような……」

「そんな馬鹿な……」

「どちらにしろ、この男が魔蟲に偶然にも寄生されていたとは思えませんね。本来、魔蟲は滅多に人間なんかに寄生しません。第一に帝国の領地には魔蟲は存在しないはずです」

「じゃあ、この男が涙の指輪を受け取った相手に魔蟲を埋め込まれていた可能性もあるの?」

「その考えが妥当ですね……魔蟲も魔物の一種です、もしかしたら魔物使いに操られていたのかもしれません」

「魔物使い……」



レイナは地面に横たわっている魔蟲に視線を向け、こんな物が人間の身体に植え付ける相手に恐ろしく思う一方、無残に殺された船長の姿を思い出して唇を噛みしめる。決して善人とは言えない男だが、それでも頭の中を食い破られて殺される事には同情せざるを得ない。


頭が破裂した状態で死亡した船長の姿に誰も何も言えず、部下たちでさえも怯えた表情で近づこうとしない。ここでレイナは駄目元で解析の能力を発動させるが、船長も魔蟲にも解析の能力は発動しなかった。



(駄目か……死んだ生物には解析は効果を発揮しない)



解析の能力を使用すれば誰が何の目的で船長の頭に魔蟲を埋め込んだのかを調べる事も出来ただろうが、それが出来ないという事は既にどちらも事切れている事を意味する。


仮にレイナが魔蟲が現れる前に船長の肉体に解析を発動してたら彼の肉体の異常に気付き、救う事が出来たかもしれない。だが、そんな事を今更考えた所でどうしようもない話だが、レイナはやるせない気持ちに陥った――






――その後、海賊を捕縛した帝国の船は港へと戻り、人魚族の女王であるセリーヌは涙の指輪を取り返した事で大人しくなったクラーケンと共に、海底に存在する自分達の国へと引き返す。


後日、帝国には正式に使者を送り、今回のクラーケンが引き起こした問題の件を話し合う事を約束した。そしてレイナ達の方は当初の目的通り、帝国の船を見学して飛行船の素材に最良な船を探すが、どれもこれもリリスの御眼鏡に適う船は中々なかった。



「う〜ん、悩みますね。帝国の船は一通り見れましたけど、やっぱり飛行船に改造する船となると中々良さそうなのは見つかりませんね」

「でも、もう帝国の船は一通り見回ったよ?」

「そうなんですよね、はあっ……ここは妥協するしかないんですかね。出来ればもっと大きい船があればよかったんですけど……」



港町にレイナ達は連日泊まり、現在はアリシアも帝都へと引き返している。先日の件で彼女も色々と大変らしく、残念ながらレイナ達の手伝いは出来なかった。


一応は帝国が保有する大型船は全て見させてもらったが、リリスによれば欲を言えばもう少し大きな船が欲しいのだが、生憎と帝国が所有する一番大きい船でも彼女は満足できなかった。リリス曰く、大勢の巨人族でも乗り込めるほどの大型船がある事を期待していたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る