第650話 人魚族の秘宝
「ちくしょう、苦労して人魚族の奴から盗んできたってのに……次は何処へ逃げればいいんだ?」
「お、お頭!!物見からの報告です!!奴等の船が間もなく到着するそうです!!」
「な、何だと!?いくらなんでも早すぎるだろ!?」
「しかも奴等、どうやら俺達の居場所に気付いているようで島をこの洞窟に向けて移動しています!!」
「ち、畜生……まだ宝は詰め終わらないのか!?」
「無理ですよ、全部運び込むだけでも日が暮れます!!」
既に自分達の隠れ場所まで知られている事に青髭は焦りを抱き、部下たちに怒鳴りつけるが洞窟の奥に作り出した倉庫には大量のお宝が保管されていた。海賊として宝を捨てて逃げる真似は出来ないが、このままでは帝国の船が先に辿り着いてしまう。
「こ、こうなったら帝国の船だろうが関係ねぇっ!!クラーケンを利用してまた沈めてやる!!」
「ええっ!?そんな事をしたら奴等、死んじまいますよ!!」
「馬鹿野郎、ここまできてひよってんじゃねえ!!どうせ捕まったら一生囚人だ!!俺はやるぞ!!」
船長の男は自分の首に巻き付けている指輪に手を伸ばし、宝石に触れると念じるように唸り声を上げる。すると、海底の方から近づく影が出現し、やがて海中からクラーケンが顔を出す。
「ジュラァアアアッ!!」
「ひいいっ!?クラーケンだ!!」
「逃げろぉっ!!」
「阿保か!!こいつは俺の言いなりだと何度言えば分かるんだ!!」
幾度も自分がクラーケンに命令している場面を見ているにも関わらず、怯え逃げ惑う部下たちに船長は怒鳴りつけ、船越しに彼はクラーケンに語り掛ける。
「よし、命令だ!!この島に近付いている船を沈めろ!!いいか、今度は船の積み荷を奪わなくてもいいんだ!!船だけを沈めろ!!分かったか!?」
「ジュルルルッ……!!」
クラーケンは船長を覗き込み、その光景に船長は内心では震えるが、部下の前なので毅然の態度を貫く。やがて命令を理解したのかクラーケンは海中に潜り込み、姿を消す。
彼が身に顎髭に身に付けている指輪はただの指輪ではなく、この指輪こそがクラーケンを操作するための魔道具だった。青髭は人魚族と呼ばれる種族からこの指輪を盗み出し、自由にクラーケンを操る力を手に入れた。
指輪を奪われないように自分の自慢の顎髭に常に絡みつかせ、他の者に怪しまれないように青色の宝石を身に付けているから青髭という海賊団の名前を名乗っていた。
「よし、クラーケンが船が沈めれば奴等は何も出来ないだろう!!今の内にさっさと積み荷を運び出せ!!」
「お頭!!大変です、気の小さい奴はクラーケンを目にして気絶しました!!」
「馬鹿野郎!!さっさと海水でもぶちまけて起こせっ!!」
海賊の癖にクラーケンを見ただけで失神してしまった部下に青髭は嘆き、急いで帝国の船が訪れる前に島を離れる準備を行う。しかし、彼は知らない。帝国の船にはクラーケンを上回る存在がいる事を――
「――アリシア様!!前方の方角から水飛沫が近付いてきています!!恐らくはクラーケンが接近しているかと!!」
「来ましたか……やはり、レイナ様の言う通りにあの島にいる海賊とやらがクラーケンを操作しているのですね」
「ここで船が沈んだら、私達は海の魔物の餌食になりますね」
「私、魚は好きだけど食べられるのは嫌」
「ぷるぷるっ(海水は嫌いだから落ちたら困る)」
「君達、余裕があるね……」
「まあ、今度は襲い掛かる事が分かってるんだからどうにかなるでしょ」
クラーケンと思われる水飛沫が上がった事により、船上に存在する帝国に所属の魔法兵(魔法職の兵士)が迎撃の体勢を取り、杖を構える。クラーケンが現れた瞬間に
攻撃を行う準備を整えるが、ここで予期せぬ事態が発生した。
「水飛沫が消えました!!クラーケンが海の底に潜り込んだと思われます!!」
「まさか下から船に穴をあけて沈めるつもりですかね……どうしますか?」
「くっ……敵の姿が見えなければ狙い撃てません」
帝国に存在する魔法兵は「砲撃魔法」と呼ばれる魔法しか扱えず、この魔法は文字の通りに砲撃の如く魔力を圧縮させた「光弾」や「光線」を撃ち込む魔法である。威力は高いが魔力の消費量が大きく、連発には向かない魔法である。
敵が海上に現れたら魔法兵でも砲撃魔法で迎撃できるが、水中に沈んだ状態だと対処は出来ず、船底に穴でもあけられよう物ならば沈んでしまう。しかし、それを見越して海中の敵にも対抗する手段は用意してあった。
「爆樽の準備は出来ていますか!?」
「はい!!準備は終わっております!!」
「爆樽……?」
「何ですかそれ?」
「海中に潜む魔物を追い払うために作り出された兵器です!!皆さん、しっかりと船に掴まって下さい!!」
甲板の兵士達は人間が入れそうなほどの大きさの樽を運び出すと、蓋を開く。中身はどうやら錘用の石が詰め込まれているらしく、その中には火属性の魔石と思われる物も仕込まれていた。
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