第646話 クラーケンの行動

「……どうします?レイナさんの能力であの天使像を作れたりしますか?」

「いや、駄目でしょ。俺の能力で複製してもそれは本物じゃないんだから……」



リリスの言葉にレイナは首を振り、いくら文字変換の能力を使えば本物と全く同じ性能を持つ物体が作り出せるとはいえ、複製品を渡してもアリシアを悲しませるだけである。


クラーケンに対抗するためとはいえ、レイナ達がした行為のせいで大切な天使像が奪われてしまった事に変わりはなく、どのように助言すべきかを考える。だが、この時にネコミンが何かを思い出したように呟く。



「そういえばあのクラーケン、どうして天使像を奪って逃げたの?」

「あれ?いわれてみればそうですね、そういえばあの時……天使像以外にも何か持ってませんでした」

「そうだよ、確か木箱みたいなものを盗んでいたような……」

「……言われてみれば確かに」



レイナ達の言葉に落ち込んでいたアリシアは立ち上がり、クラーケンが消え去った方向に視線を向けた。もう姿は見えないが水中に潜り込む際にクラーケンの触手は天使像以外にも軍船が乗せていた物資が入った木箱を掴んでいた。



「あの軍船には食料品の類はまだ運び出されていません。保管されているのは武器の類だけだったのに……そもそもどうしてクラーケンが港を襲ったのかも気になります」

「う~ん、今までに一度も港は襲われていないんですよね?なのに急に現れて襲ってくるなんて……しかも、食料でもない天使像や武器が詰まった木箱を盗み出すなんて気になりますね。少し調べてみますか」

「調べるって……どうやって?」



クラーケンが逃げ去ったのは海中であり、船の類ならばともかく、海の中に潜り込まれた場合は追いかけようがない。だが、それを見越してリリスは考えがある様子だた。



「とりあえずは襲われた軍船を調べてみましょう。何か手がかりが残っているかもしれません」



リリスの言葉に全員が頷き、襲われた人間達の様子を伺うのも兼ねて破壊された軍船が沈んだ場所へと向かう――





――結果から言えば軍船が襲われた時に乗り込んでいた帝国の兵士達は全員が無事であると判明し、船は失ってしまったが誰一人として死んだ人間はいなかった。兵士達は海から救い出されると、衣服を脱いで毛布に包まりながらも襲われた状況を話す。



「や、奴は急に現れたんです……甲板で掃除していた奴等が海面を見て騒ぎだして、それが気になって調べようとした時にでかい触手が現れて、船を掴んできたんです」

「俺達も必死に抵抗しようとしたんですけど、船が激しく揺さぶられてまともに動く事も出来ず、恐ろしい力で締め付けられて船が壊れたんです」

「なるほど……じゃあ、船が壊れた時に船内の倉庫の荷物も海中に流れたんですね」

「ええ、その通りです」

「ちなみに魔除けの石はこの船にはなかったんですか?」

「設置していました。定期的に交換も行っていたので効果が切れるはずがありません!!」



兵士達によると軍船にも当然だが魔除けの石が搭載されていたらしく、クラーケンも魔除けの石の影響は受けているはずだった。最も帝国産の魔除けの石は性能はそれほど高くはなく、せいぜい魔物に嫌悪感を与える程度の効果しかなく、大型の魔物には効きにくい。


魔除けの石は特殊な魔力の波動を放ち、この波動は人種には全く感じないが魔物に嫌悪感を引き起こす。シロやクロのように特殊な訓練を受けた魔物は魔除けの石の効果を耐える事はできるが、大抵の力の弱い野生の魔物は魔除けの石に近付くことはない。


クラーケンの場合は巨体なので魔除けの石の効果が薄く、あるいは嫌悪感を耐えて襲い掛かった可能性もある。だが、腹が減って人間を捕食しようと船に攻撃を仕掛けたのならばともかく、誰一人殺さずに軍船だけを破壊して物資を奪うという行為に疑問を抱く。



「恐らく、魔物使いの仕業ですね」

「魔物使い!?では、あのクラーケンは魔物使いに操られてこの港を襲ったというのですか!?」

「有り得ない話じゃありません。魔王軍の幹部の中にジョカという名前の魔物使いもいましたが、その女は数匹の牙竜を使役する力を持っていました。それならクラーケンだろうと操れる魔物使いもいたとしてもおかしくはありません」

「で、ですがあの海獣操る存在がいるなんて……」

「いや、竜種である牙竜を操る奴もいるんですよ?あんな巨大イカを操れる奴がいても全然おかしくないでしょう」

「ぷるんっ(その通りだぜ)」

「うわっ!?クロミンそこにいたの!?」



ネコミンの背中からクロミンが姿を現し、唐突に現れたクロミンにレイナは驚くが、リリスの予想ではクラーケンを裏で操っている存在がいるとしか考えられなかった。



「この界隈で悪さをしている悪党とかいますか?例えば、海賊とか……」

「どうなのですか?」

「いや、ここ最近は平和で海賊なんて全然見かけませんでしたから……いや、待てよ。もしかしたら……」



リリスの質問に港町の警備を行う兵士達はお互いの顔を見つめ、何か心当たりを思い出したのか兵士の一人が報告する。

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