第644話 海獣

――港に存在する一通りの大船を見回ると、最後にレイナ達は皇帝が保有する船に案内される。こちらは皇族が乗るのに相応しく、船首には天使を模した銅像も取り付けられていた。



「この船は私が生まれる前の時代から存在する船なんです。陛下の父君、即ち私の祖父の代に作られた船です」

「ほほう、やっぱり皇族が乗る船となると立派ですね」

「でも、これだけ目立つと海賊に狙われそう」

「海賊?この世界にも海賊がいるの?」



ネコミンの言葉にレイナは驚き、そんな彼女にアリシアは少し困った表情を浮かべて説明してくれた。



「ええ、残念ながら……この近海では小さな島がいくつか存在するのですが、その中にはどうやら海賊が根城にしている島があるようなんです。我が国でも海賊による被害が多く、特に他国から訪れた商船が被害が大きいんです」

「そうだったのか……ケモノ王国にも海賊はいるの?」

「いるにはいるけど、そもそも他国からケモノ王国に訪れる商船の数が少ないんですよ。実際、この数年の間に被害を受けたという報告は上がっていません」

「ですが、帝国の港が襲われる事態はありませんのでご安心ください」



船の上からレイナ達は海の様子を観察し、遠目の方には島が見えた。その島こそが世界中の国から観光客が訪れる「ワイーハ」という島らしい。陸地から距離はそれほど離れていないように見えるが、この時期はワイーハには近づく事は出来ないらしい。



「あの島がワイーハですが……現在はワイーハの出航は許可されていません」

「え?どうして?」

「この時期に陥ると、ワイーハの近海にとある魔物が出現するからです。だからこの時期だけはワイーハへ向かう観光客も出入りが禁止されています」

「魔物?さっき、魔物は滅多に現れないと言ったよね?」

「その通りなのですが……この魔物だけは別です。魔除けの石を搭載した大船であろうと容赦なく襲い掛かり、帝国の船は何十隻も破壊されました」

「怖い話ですね……その魔物の名前は?」

「私達の間ではこう呼んでいます。海獣……」



アリシアが言葉を言い終える前に港に派手な水飛沫が舞い上がり、何事かとレイナ達は視線を向けると、皆とに停泊している軍船が突如として崩壊して沈んでいく光景だった。


何が起きたのか最初は誰もが理解できなかったが、すぐに理由は判明する。沈みゆく船には白色の触手のような物が絡みついている事が判明し、海中から巨大な生物が出現した。




――ジュルルルッ!!




奇怪な鳴き声を上げながら海から出現したのは「巨大イカ」であり、それを目撃したアリシアは驚愕しながらも魔物の名前を叫ぶ。



「クラーケン!?」

「クラーケンですって!?」

「それって、あの有名な魔物の……!?」



クラーケンの名前を口にしたアリシアにリリスは驚き、レイナも地球ではよく耳にする空想上の魔物の名前だった。地球では巨大なイカやタコのような姿をした生物であり、海中から出現しては船を破壊する事で有名な存在である。


この世界ではクラーケンは実在する魔物らしく、軍船に触手を絡みつかせると、締め付けて破壊する。触手を絡みつかせたままクラーケンは船を海中へと引きずり込み、船に乗っていた兵士達は悲鳴を上げながら海に飛び込む。



『ジュラアアアアッ!!』

「ふ、船が……!!」

「ちょ、これはまずいですよ!!あの化物、竜種級に厄介な奴の様です!!」

「皆さんは陸地に早く避難して下さい!!おのれ、海獣め……お前達、私に付いてきなさい!!」

『はっ!!』



アリシアは一足先に船を降りると、クラーケンの元へ向けて白馬に跨って駆け出す。その様子を見ていたレイナ達はどうするべきか困り、レイナはリリスに振り返る。



「俺達も加勢した方がいいかな?」

「そうですね、ここは帝国の港なんですから帝国兵が対処するのが一番なんでしょうけど……流石に相手が悪すぎますね」

「レイナ、ここからクラーケンを倒せる?」

「やってみる」



姿さえ捉えればレイナは解析の能力を発動できるため、クラーケンに対して解析を発動させて詳細画面を表示させようとした。だが、解析の能力を発動する前にクラーケンは軍船と共に沈んでしまい、姿が見えなくなってしまう。



「あ、駄目だ!!水中に潜られたから解析できない!!」

「それは困りましたね、どうしましょうか……ちょっと待ってください、なんかこっちに水飛沫が近付いてません!?」

「……まさか、私達を狙ってる?」



海上に水飛沫が次々と上がり、徐々にレイナ達が乗り込んでいる皇族専用の船に近付いていた。このままでは危険だと判断したレイナ達は急いで船を降りようとしたが、クラーケンが暴れるせいで海面に波が発生し、船が大きく揺れて上手く動けない。


レイナ達が船を降りる前に皇族専用の船に大きな衝撃が走り、海中から触手が伸びると、船の船首と帆に纏わりつく。その際に船が激しく揺れ動き、船が大きく傾いてレイナ達は危うく落とされそうになる。

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