第641話 てめえだけ勝手に不貞腐れてろ!!
「あ、ああ……嘘じゃねえよ、さっきトイレに行くときに聞いたんだよ。兵士の奴等がこそこそと話してやがった。皇帝の奴が霧崎じゃなくて、俺達がいなくなれば良かったとか何とか……」
「そ、そんな事を本当に皇帝陛下が言っていたのか!?」
「い、いや……まあ、噂話だからな。もしかしたらただのデマかもしれないけどよ」
「……そうか」
瞬の反応を見て茂は彼も悔しく思ったのかと思ったが、話を聞いた瞬はより一層に落ち込んだように座り込んだまま動こうとせず、そんな彼に茂は尋ねる。
「おい、悔しくないのかよ?この城の奴等、霧崎と俺達を勝手に比べてるんだぜ?だけどよ、俺達だって霧崎と同じ勇者だぞ!!霧崎に出来て俺達に出来ないなんて事はないだろ!!」
「……そうかな、勇者といっても僕達と彼では格が違うんじゃないか」
「何言ってんだお前……」
「だって、そうだろう!?僕達はここへ来てから毎日欠かさずに訓練もしてるし、強くなったつもりだった!!それなのにこの有様じゃないか!!勇者でもない人間に良いようにやられて、こんな大怪我まで負った!!これが勇者と言えるのか!?」
「しゅ、瞬……?」
唐突に喚きだした瞬に茂は戸惑い、普段の彼は優しく滅多に他人に怒るような人間ではないが、ここ最近の出来事で瞬の精神は追い詰められていたらしく、彼は頭を抱えたまま俯く。
「僕達は霧崎君とは違うんだ……何が勇者だ、僕達なんて彼と比べたらただの人間だ……」
「おい、何言ってんだ……なら、お前は諦めるのかよ!?このまま他の奴等に馬鹿にされたままでいいのか!?俺は嫌だぞ、なんとしてもあいつらを見返してやる!!」
「……勝手にしてくれ」
茂は瞬に怒鳴りつけるが、瞬はもうやる気が失せた様に立ち上がる様子はなく、その姿を見て茂は動揺する。彼とは長い付き合いだが、ここまで不貞腐れた瞬を見るのは初めてだった。
地球にいた頃の瞬は暮らすの中では人気者で誰からも頼りにされていた。その姿に茂は少しだけ憧れを抱いていた部分もあった。しかし、今の彼は地球で過ごした時とは違い、挫折して心が挫けていた。
「……そうかよ、なら勝手にしろ。俺は諦めねえ、もっと強くなって馬鹿にした連中を見返してやる!!俺だって……勇者だ!!」
「……そうか、頑張ってくれ」
「このっ……!!」
どれだけ他の人間から嘲笑されようと、茂は諦めずに強くなることを誓う。しかし、心が折れてしまった瞬には彼の言葉は響かず、無気力に返事を返す。そんな彼に茂は我慢できずに首根っこを掴み、拳で殴りつける。
「馬鹿野郎!!」
「ぐふっ!?」
「一人で勝手に不貞腐れてろ!!」
壁に突き飛ばされた瞬は背中を強く叩き、床に尻餅をつく。そんな彼の姿に茂は鼻を鳴らし、怪我を負っているにも関わらずに訓練場へと向かう。そんな茂の後ろ姿を瞬は黙って見送る事しか出来なかった――
――その様子を一人の女性の使用人が観察していた。彼女は最初から部屋の中に存在し、茂と瞬は彼女の存在を全く認識していなかった。まるで透明人間のように存在感を消していた女性は笑みを浮かべると、落ち込んでいる瞬の元に向かう。
「シュン様、大丈夫ですか?」
「……君は?」
話しかけられた瞬は少し驚いて顔を上げると、そこには心配そうな表情を浮かべた少女が立っていた。何処から彼女が現れたのかと瞬は戸惑うが、そんな彼に対して少女はハンカチを取り出し、茂に殴りつけられたときに口元から流れていた血を拭う。
「ほら、血が流れていますよ」
「あ、ああ……ありがとう」
「今はゆっくりお休みください。ほら、立って……」
「すまない……」
使用人の女性に優しく抱き起された茂は彼女に従い、ベッドの方へと移動する。その後、ベッドの上に座り込んだ瞬に対して女性は笑顔を浮かべ、殴られた時に腫れてしまった頬に手を伸ばす。
「いたっ……」
「あっ、すいません……大丈夫ですか?」
「あ、ああ……平気さ」
「嘘は駄目です、こんなに晴れているじゃないですか。すぐに治療しますね」
「……ありがとう、でもいいんだ。僕の事は放っておいてくれ」
「何を言ってるんですか!!すぐに治療しないと駄目です!!」
今は一人にしてほしいと考えていた瞬に対し、女性は頬を膨らませて治療の準備を行う。どうして彼女が自分なんかに構うのかと茂は思い、この城の人間はもう全員が自分に落胆してしまったと思い込んでいたが、女性は熱心に治療を行う。
晴れた頬を氷水で冷やし、その後に女性は茂の上着を脱がせて汗を拭いてやる。普段の茂ならば女性の前で上半身だけとはいえ、無暗に裸を見せることはない。だが、心が折れて無気力になっていた茂は女性のされるがままに身体を預ける。
「どうですか?痛い所はありませんか?」
「大丈夫だよ……君は、どうして僕に優しくしてくれるんだい?もう噂は広まっているだろう、僕達の事は……」
「何を言ってるんですか、勇者がどうかなんて関係ありません。目の前に困っている人がいるのなら助ける、人として当然の事です」
「……そう、なんだ」
女性の言葉に瞬は驚いた顔を浮かべるが、そんな彼に女性は微笑む。そんな女性に対して今更ながらに瞬は裸を見せている事に恥ずかしく思い、頬を赤く染める。そんな彼を見て女性は笑みを浮かべるが、そんな彼女に対して瞬は苦笑いを浮かべた――
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