閑話 〈ナナシとジョカ〉

――時は魔王軍がケモノ王国の王都へ攻め入る少し前、牙竜の誘導を行うリディアはナナシと顔を合わせていた。彼女の傍には牙路から引き寄せてきた数体の牙竜が控え、それと対峙する形でナナシは向かい合う。



「何の用だ、ジョカ……俺はもう行かなければならん」

「作戦を始める前に少し話がしたいと思ってね……お互い、生きて帰れるか分からないでしょう?」

「心にもない事を言うな、貴様は命の危機が陥ればどんな手段を使ってでも逃げのびる女だ……だからこそあの御方もお前を味方に付けたのだろう」

「そう、そのあの御方に関してよ」



ジョカはナナシを指差し、彼女は単刀直入に尋ねる。自分が仕えるべき主の顔をジョカは今までに一度も見た事がない。魔王軍に加入したのもナナシから勧誘を受けたからに過ぎず、彼女自身は魔王という存在を見た事がない。



「あんたがあの御方から信頼が厚い事はよく知っているわ。でも、そもそも疑問があるのだけど……本当にあの御方なんて存在がいるのかしら?」

「何だと……」

「だって、おかしいじゃない?私がどれだけこの魔王軍に尽くしてきたと思うのよ。それなのに私はの顔も見た事がない……おかしいでしょう?」

「それはお前が気にする事ではない」

「いいえ、今回ばかりはそんな言い訳では納得しないわ。顔も見せた事がない人間に命をかけて戦えというの?」



ナナシはジョカの言葉に目つきを鋭くさせるが、ジョカは指を鳴らして牙竜達を呼び寄せる。大剣に手を伸ばすナナシに対してジョカも牙竜を襲わせる準備を整えていた。



「魔王様に関わる事だとあんたは本当に感情的になるわね、だけど今回は引く気はないわ。答えなさい、魔王様とやらは何処にいるの?どんな人なの?」

「……それをお前が知る必要はあるのか?お前がこうして生きていられるのは誰のお陰だ、そこまでの力を手にする事が出来たのは誰のお陰だ?答えろ、ジョカ!!」

『ガアアアアッ!!』



ナナシの咆哮に牙竜達が反応し、彼に向けて威嚇を行う。一方でナナシも退くつもりはなく、数体の竜種を前にしながらも怖気づかずに大剣を引き抜いて迎撃の構えを取る。


ジョカはナナシの反応を見て判断を誤ったかと焦りを抱く。今回の作戦の要はジョカであるため、この状況ならナナシも下手な真似は出来ないと考えていた。だが、予想に反してナナシは魔王の存在を探るジョカに警戒心を抱く。



「ナナシ、剣をひっこめなさい!!こいつらを刺激すれば私でも抑えきれないのよ!!」

「黙れ……あの御方の事を詮索するな、それが魔王軍に入る者に課せられた掟を忘れたか!!」

「私は……何っ!?」

「これは……!?」



突如として上空に黒雲が広がり、その様子を見たジョカとナナシは驚愕の表情を浮かべて見上げる。牙竜達も怯えた表情を浮かべて上空に顔を向け、やがて黒雲に雷が迸る。


ナナシとジョカの間に一筋の雷が降り注ぎ、二人はその場を離れる。この時にジョカは黒雲から見えた影に戸惑い、まるで自分達の争いを止めるように雷が落ちてきたようにしか思えなかった。



「ま、まさか……有り得ないわ、けど本当に……!?」

「……これは警告だ、これ以上にあの御方の事を詮索するな」



ナナシはジョカにそれだけを伝えると、彼はその場を立ち去る。一方でジョカは黒雲が薄れて消えていく光景を確認し、彼女は冷や汗が止まらない。



(そういう事だったのね……これで合点がいったわ)



ジョカは長年の疑問が解けた事に冷や汗を流し、彼女は魔王の正体を知って信じられない思いを抱く。信じがたい事実ではあるが、魔王の正体はではない。それを知ったジョカは自分がどれほど恐ろしい組織に所属してしまったのかと考えながらも指示通りに王都へ向けて出発を開始した。

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