第612話 ナナシの狙い
「邪魔をするな、森の民よ……」
「何……!?」
「ようやくこの身体にも馴染んできた……そこを退け、死にたくなければな!!」
狼男の姿でナナシは完全に人の言葉を話せるようになり、そんな彼を前にしてカレハも動揺する。今までに彼女は狼男と化した者達を見てきたが、これまでに狼男に変化して理性を失わず、完全に人としての意識を覚醒させた存在など見た事がない。
「貴様、何者だ!?ただの狼男ではないな!!」
「……お前達は何を勘違いしている?この姿こそが俺の本当の姿だ」
「な、何だと!?」
「馬鹿な!!狼男は人間のはずだ!!」
ナナシの言葉にリド達は信じられない表情を浮かべ、間違いなく彼の言葉は虚偽だった。通常、狼男は月夜の晩にしか変身は出来ず、それ以外の時間帯は人間として過ごす。そのために彼等を魔人族として扱うべきか、あるいは魔物として認識するべきか問題になった。
狼男は月夜の晩を迎えると狼男に変身し、理性を失って野生の本能に従い、暴れ狂う。そのためにヒトノ帝国では狼男は魔人族ではなく、魔物として認識されて討伐対象として指定されている。しかし、この獣人の国であるケモノ王国では彼等は魔人族として扱われている。
獣人族も狼男と同じように人と獣の特徴を併せ持つ存在であり、獣人と狼男の違いがあるとすれば狼男は獣人よりもより野生の獣に近い存在だと認識されている。しかし、ナナシの場合は狼男の中でもより人間離れした存在だと語った。
「俺の両親は狼男だった。そして俺は生まれた時はこの姿で生まれた。人の姿に変化できるようになったのは生まれてから随分と後の事だがな……」
「そ、そうか……お主の正体は人魔か」
話を聞き終えたカレハは動揺した表情を浮かべ、そんな彼女の言葉にリドは尋ねる。人魔という単語は聞いた事がなく、魔人族とはどのように違うのかと
「か、カレハ様……人魔とはなんですか?」
「……魔物の中に亜種と呼ばれる存在が稀に誕生する事はお主も知っているだろう?それと同じように魔人族の中にも極稀に突然変異によって特異な能力を持つ存在が生まれると聞いた事がある。その名前が人魔……人の特徴を持ちながらも魔に近い存在だと聞いた事があるが、儂も見たのは初めてじゃ……」
カレハは狼男だと思い込んでいたナナシの正体が「人魔」だと知ると、彼女は冷や汗を流す。ナナシは狼男に変身したわけではなく、人間の姿から本来の肉体へと戻ったに過ぎず、だからこそ狼男の姿でありながら理性を保てるという。
長い時を人間の姿で過ごすと本来の姿に戻る時に暴走し、野生の力に溺れて一時期的に理性を失う。しかし、時間が経過すれば本来の意識を取り戻し、精神状態も落ち着く。つまり今のナナシこそが彼の正体であり、獣人よりも獣に近い存在だった。
「人魔か……その言葉を知っている人間があの御方以外にいたとは驚きだな」
「あの御方だと……まさか、魔王軍の統率者か!?」
「という事は、まさか魔王……!?」
「有り得えません!!魔王など遥か昔に滅ぼされた存在、未だに生きているなんて……!!」
ナナシの語る「あの御方」という言葉を耳にしたカレハは本当にかつて世界の滅亡を企んだ魔王なのかと疑うが、すぐにティナが否定する。かつて誕生した魔王は勇者によって討ち滅ぼされ、生き残っている事など有り得ないと信じられていた。
「ふん……貴様等にあの御方を話す事などない。さあ、そこを退け……死にたくはないだろう?」
「調子に乗るな、人魔風情が……!!私を誰だと思っている!?」
「威勢は良いな……ならば、相手をしてやろう」
「図に乗るな、化物め!!貴様如き、族長であるカレハ様が出るまでもないわ!!」
矢で射抜いても効果がないと判断したリド達は剣を抜いてナナシと向かい合うが、そんな彼等に対してナナシは後方へ振り返ると、一目散に駆け出す。自分から背中を向けて走り出したナナシにその場に存在した全員が呆気に取られる。
「なっ!?に、逃げる気か!!」
「逃すな、何としても捕まえるのだ!!」
「この臆病者が!!」
ナナシが逃走を開始したと思った森の戦士達は彼の後を追うが、そんな彼等を無視してナナシは半壊した建物の方角へ向けて飛び込む。その場所を見てティナはある事を思い出し、後を追いかけるエルフ達に注意を行う。
「ま、待ってください!!あそこには奴の武器が……!!」
「武器だと!?」
「構うな!!追えっ!!」
ティナの言葉を聞いたリドは立ち止まったが、他の森の戦士達は彼女の言葉を気にせずに半壊した建物の中へも潜り込んだナナシの後に続いて飛び込む。しかし、次の瞬間に彼等の身体に二つの大きな刃が走り、数名のエルフの戦士の胴体が切り裂かれて倒れ込む。
『があっ……!?』
「……愚かな、この俺が逃げただと?図に乗るな、力の差も理解できぬ弱者がっ」
「なっ……お、お前達!!」
「何てことを……!!」
――建物から両手に大剣を掲げたナナシが姿を現すと、地面に倒れたエルフ達の死体を踏みつけ、街道へと戻る。その手には赤色と青色の刀身の大剣が握りしめられ、それを見たリドは仲間が殺された事による怒りよりも、得体の知れない圧迫感に恐怖を抱く。
※次回は閑話を挟みます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます