第611話 人の心に獣の肉体
「……レイヲイウゾ、オマエノオカゲデメガサメタ」
「なっ……!?」
ライオネルは自分の振り下ろそうとした鉤爪を受け止めたナナシに驚愕し、しかも人語を発した。発音に関しては少々違和感はあるのは人の姿から狼男の姿に変わったのが原因だと思われるが、狼男の姿のまま確かにナナシは人の言葉を話す。
鉤爪を受け止めたナナシに対してライオネルは闘拳を装着した拳を叩きつけようとするが、そちらも逆に受け止められてしまう。互いに組み合う形となったが、純粋な腕力はナナシが勝り、ライオネルは手首の骨が折れかねないほどに押し込まれる。
「ココマデダ……!!」
「ぐあああっ!?」
「ら、ライオネル大将軍!?」
「くそ、俺達も加勢しろ!!」
黙ってみてはいられずに騎士と兵士が駆けつけるが、それに対してナナシはライオネルの身体を引き寄せると、彼の身体を持ち上げた状態で振り回す。
「フゥンッ!!」
「おおおおっ!?」
「うわっ!?」
「ち、近づけない!?」
獣人族の中では巨体であるライオネルの身体をナナシは片腕のみで軽々と振り回すと、近づいてきた者達を牽制するように振り回す。その光景を目にした者達は動けず、遂にナナシの手からライオネルは解き放たれた。
「トベッ!!」
「うおぁあああっ!?」
「だ、大将軍!?」
「いかん、あの高さから落ちたら死ぬぞ!?」
空高くに投げ飛ばされたライオネルを見て兵士達は悲鳴を上げ、慌てて彼の落下地点へと向かう。兵士達は自分の身を犠牲にしてでも彼を助けるために落下するライオネルを受け止める。
ライオネルは兵士達を下敷きにする形で墜落し、兵士と共に地面に倒れ込む。あまりの衝撃に彼と兵士は白目を剥き、その様子を見てナナシは咆哮を放つ。
――ウォオオオオオッ!!
狼のような咆哮を放つナナシを見てその場に存在する者達は震え上がり、このままでは全員が殺されると考えた。だが、ナナシは王城の方向へと視線を向けると、彼等を無視して王城へ向けて駆け出そうとした。
「ジカンヲムダニシタ……マッテイロ、ユウシャヨ」
「なっ……ま、待ちなさい!!」
「狙いは勇者か……!!」
ナナシの言葉を聞いてティナとリュコは止めようとしたが、そんな二人を無視してナナシは王城へ向けて駆け出す。このままではレイナが危険に晒されると考えたティナとリュコは止めようとしたが、この時にナナシの元に強烈な突風が襲い掛かる。
「させぬわっ!!」
「ヌウッ!?」
強風が街道に吹き溢れたかと思うと、ナナシの肉体が後方へと押し込まれ、咄嗟に吹き飛ばされないようにナナシは地面に身体を伏せる。それでも10メートル近くは後退ると、彼の前に戦士達を引き連れたカレハが姿を現す。
彼女は芭蕉扇を手にした状態でナナシを睨みつけ、カレハを初めて見る者達は戸惑う。ティナとリュコも初対面なのでいきなりに現れた女性に驚くが、カレハは芭蕉扇を振りかざしながらナナシに怒鳴りつける。
「貴様、今しがたなんと言った?勇者様の事を口にしたのか?」
「ナンダ、オマエタチハ……グウッ!?」
「こちらが質問しておるのだ、答えよ下郎!!」
カレハは芭蕉扇を振りかざすとナナシの身体が再び後方へと吹き飛ばされ、どうにか交代しないようにナナシは四つん這いになって耐えようとするが、その姿を見てカレハは不機嫌そうに表情を歪めた。
「その姿にその無様な姿……まるで本物の獣よのう、狼男よ」
「ソウカ、キサマラハ……モリノタミカ!?」
「さよう、我等は勇者様に仕える森の民の一族……その我等の前で勇者様に対して無礼な口を叩いたな?」
「貴様如き獣が勇者様の事を口にするだけで万死に値する!!」
「死ぬがいい、獣よ!!」
リドを筆頭に森の戦士達は弓矢を構えると、ナナシに向けて次々と矢を射抜く。その攻撃に対してナナシは顔面を防ぐように腕を構えるが、放たれた矢は1本も外すことはなくナナシの肉体へと突き刺さる。
無数の矢がナナシの肉体へと突き刺さり、やがて彼は仁王立ちの状態で固まってしまう。死んだのかと思われたが、ここでカレハは容赦せずに芭蕉扇を振り払う。
「そんな死んだふりなど私には通じんぞ!!貴様の魂を見れば生きている事はお見通しじゃ、たわけがっ!!」
「……フンッ!!」
芭蕉扇によって強烈な風圧が再び放たれると、ナナシの全身に突き刺さった矢が吹き飛び、そこには傷一つ負っていないナナシが仁王立ちする姿が存在した。その光景を見て森の戦士達は唖然とし、一方でカレハも歯を食いしばる。
先ほどから全力で芭蕉扇を繰り出しているにも関わらず、ナナシには全くと言っていいほど損傷を与えられていない。それほどまでにナナシの肉体は頑強でしかも人間の時に負っていた傷さえも消えていく。満月の光を浴びる事でナナシは肉体の怪我を直すだけではなく、徐々にその力を強めていく。
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