第610話 大将軍の到着

「グゥウウウッ……!!」

「ぐはぁっ!?」

「や、止めろっ!!それ以上やったら……」



ナナシはオウソウの元へ近づくと、空の身体を踏みつける。腹部を踏みつけられたオウソウは血反吐を吐き散らしながら必死に抑えつけようとするが、狼男は力を込めてオウソウを踏みつぶそうとする。



「ガアアアッ!!」

「がはぁあああっ……!?」

「オウソウ!!」

「や、止めなさいっ……!!」



骨が折れ、内臓が潰されようとしているオウソウの姿を見て倒れていたティナやリュコ、他の騎士達は彼を助けようとした時、ここで建物の上から何者かが飛び降りてきた。その男は右手に鉤爪、左手に闘拳を装着し、ナナシの背中に目掛けて鉤爪を振り下ろす。



「獣王斬!!」

「ガアッ……!?」

「えっ!?この技は……まさか!?」



オウソウに切り付けられたときは無傷だったナナシであったが、背中を斬りつけられると毛皮が剥がれ、血が滲む。突如として背後から攻撃を仕掛けてきた相手にナナシは腕を振り払うが、その相手は頭を下げて攻撃を躱す。


ナナシが振り向くと体勢を低くした状態で奇襲を仕掛けた男は闘拳を振りかざし、先ほどオウソウが鉤爪を叩きつけた箇所に目掛けて繰り出す。



「正拳!!」

「アガァッ!?」



空手の正拳突きの如く回転した拳を叩き込まれたナナシは壁際に吹き飛び、苦痛の表情を浮かべる。その間に攻撃を仕掛けた人物はオウソウの身体を持ち上げ、その場を離れた。オウソウは目を開くと、そこには自分が武人の中でも一番に尊敬している人物の姿が映し出される。



「ら、ライオネル大将軍……!?」

「オウソウ、よくやったぞ。俺が来るまでよく持ちこたえた!!」

「ら、ライオネル大将軍だ、大将軍が来てくれたぞ!!」

「大将軍……!!」



この国の大将軍にして王都の守護を任されているライオネルが姿を現すと、兵士と騎士達は歓喜の表情を浮かべ、リュコとティナも安堵する。ライオネルはオウソウを離れた場所に放置すると、改めてナナシへと振り替えた。



「グゥウウウウッ!!」

「獣が……よくも俺の部下を痛めつけてくれたな!!」



大将軍であるライオネルにとってはこの国に所属する全ての兵士と騎士は彼の部下に当たり、痛めつけられたオウソウ達の姿を見て怒りを抱く。ライオネルは鉤爪と闘拳を構えると、正面から迫るナナシへ身構える。



「ガアッ!!」

「甘いわ、阿保がっ!!」

「ウガァッ!?」



拳を繰り出してきたナナシに対してライオネルはカウンターの要領で顔面に闘拳を叩き込み、更に鉤爪を振りかざして胴体を切り裂く。オウソウが装備していたミスリル製の鉤爪はナナシの頑丈な肉体の前では壊れたが、大将軍であるライオネルの鉤爪は壊れない。


実はライオネルが装着している武器は巨塔の大迷宮で回収してきた「アダマンタイト」と呼ばれる魔法金属で構成された武器であり、この世界においてはアダマンタイトよりも固い金属は存在しない。流石のナナシの肉体でも世界一硬い金属の前では分が悪かった。



「ガアアッ!!」

「ふん、どうした!?その程度か!!」

「ガハァッ!?」



無我夢中に拳を振ってくるナナシに対してライオネルは前蹴りを繰り出し、股間を強打する。狼男になったといっても急所の方は人間と変わらず、ナナシは苦悶の表情を浮かべる。



「つ、強い……!?」

「流石は大将軍だ……技の切れが違う」

「それもありますが……ナナシ自身が人間の姿の時と比べると動きが全く違います。あれではただの獣……コボルトと変わりありません」



ライオネルがティナやリュコを圧倒したナナシを相手に一方的に優勢に立っているのは、彼が二人よりも圧倒的に強いというわけでもなく、実力自体はライオネルも二人と大差はない。


それでも彼がナナシを一方的に追い詰めているのは狼男と化してからナナシは理性を失い、自分の有り余る力に溺れて技も何も使わなくなったことが原因だった。仮にナナシが理性を失わず、人間の時のように技を扱っていたらこれ以上に無いほどの強敵と化していただろう。



「発勁!!」

「グハァッ!?」



しかし、ただの獣のように無我夢中に暴れ回る相手などライオネルの敵ではなく、彼は内部に衝撃を与える発勁の戦技を繰り出すと、ナナシの動作が鈍る。その様子を確認してライオネルは止めを刺す好機だと判断し、右腕の鉤爪を振りかざす。



「終わりだ……獣王斬!!」

「っ……!?」



身体を屈めたナナシに対してライオネルは鉤爪を振りかざし、勢いよく振り下ろす。狙いは首筋を狙い、いくら狼男と化しても首元を切り裂かれれば無事では済まず、致命傷は免れない。


この一撃でナナシを倒せる、誰もがそう考えた瞬間、予想外の事態が発生した。ライオネルが振り落とした鉤爪が受け止められ、彼は衝撃の表情を浮かべる。

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