第609話 暴走狼
「グゥアアアアアッ!!」
「がはっ……し、シル……無事ですか?」
「ぷるぷるっ……」
「くっ……化物めっ」
ティナはシルが下敷きになった事で比較的に衝撃を和らげる事は出来たが、リュコは倒れたまま動けず、悔し気な表情で狼男と化したナナシを睨みつける。
ナナシは身体に纏っていた物を全てを引き裂き、全身で月光を浴びる事で本来の力を取り戻す。この姿に陥ったナナシは理性を失い、自分を追い詰めたティナとリュコに対して咆哮を放つ。
「オァアアアアッ!!」
「……ティナ、スライム、逃げろ!!こいつは私が……何とかする」
「む、無理です……もう、身体が……!!」
「な、何の声だ!?」
「あ、あれは……ティナさんにリュコ指導官!?」
咆哮を聞きつけてきたのか、街中を巡回していた兵士と白狼騎士団の騎士達が騒動を聞きつけ、狼男の姿を目撃して戸惑う。だが、すぐに異変を察した騎士は赤煙草を取り出すと、火を灯そうとした。
「や、やばそうだ……すぐに他の奴に連絡を」
「オオンッ!!」
騎士が赤煙草を取り出して火を付けた瞬間、ナナシは近くにある建物に視線を向け、壁に向けて拳を繰り出す。狼男の腕力によって壁は破壊され、更に腕を壁に突き刺した状態で勢いよく振り抜く。
「ガアアアッ!!」
「うぎゃあっ!?」
「ぐはぁっ!?」
「ひいいっ!?」
「や、止めろっ……!!」
ナナシは破壊した壁の瓦礫を騎士と兵士の元へ目掛けて放ち、彼等は瓦礫の塊を受けて倒れ込む。狼男と化したナナシの腕力は人間の時の比ではなく、圧倒的な力で騎士と兵士を倒す。
「ば、化物め……」
「なんでこんな奴がここに……」
「く、くそっ……早く誰か来てくれ……」
「ウォオオオッ!!」
兵士と騎士達は倒れた姿を見るとナナシは勝ち誇るかのように派手な咆哮を放ち、その咆哮を聞きつけた者達が続々と集まってきた。その中にはオウソウの姿も存在し、彼は倒れている仲間達と狼男の姿を見て混乱した。
「な、何だ!?どうなっているんだ!?」
「お、オウソウ!!私達に構うな、逃げろ……!!」
「指導官!?それにお前達まで……」
「ガアッ!!」
オウソウは倒れている者の中にリュコやティナ、更には騎士団の仲間がいる事に驚き、そんな彼を見てナナシは拳を振りかざす。
近付いてきた狼男に対してオウソウはどうにか攻撃を回避するが、狼男は次々と拳や蹴りを繰り出し、その攻撃に対してオウソウは必死に避け続けるが、徐々に追い詰められていく。
「ウガァッ!!」
「うおおっ!!このバケモンがっ!?」
「す、凄い……あの化物の攻撃を避けているぞ!?」
「オウソウ、お前いつの間にそんなに……!?」
反撃を繰り出す余裕もないが、オウソウはナナシの攻撃に対して回避し続ける事が出来るのはナナシの攻撃動作が単調で読みやすく、相手が仕掛ける前にどのように攻撃をするのか呼んでいるだけである。オウソウも幾度も修羅場を潜り抜けているため、単調な攻撃だけならば対処できなくはない。
一撃でもまともに受ければ死を免れないという状況の中でオウソウの精神は研ぎ澄まされ、彼はレイナやレアと組手をするときを思い出す。レイナは時々、白狼騎士団の団員として組手と称して戦う事がある。その際にオウソウは彼女によく相手をされていた。
(落ち着け、よく相手を見ろ!!大振りすれば必ず隙は出来る!!)
大剣を扱うレイナとの組手でもオウソウは攻撃をよく見て躱し、相手が大振りをした隙を狙って反撃を行う。実際にこの方法で彼は何度かレイナから一本を取った事がある(圧倒的に負ける回数は多いが)。
(こいつの心臓を……仕留める!!)
ナナシは拳を大きく振りかざすと、オウソウは頭を下げて回避し、右手に装着していた鉤爪を放つ。狙いは胸元、拳を突き出して体勢が低くなった相手の元へ繰り出す。
「うおおおっ!!」
「ガハァッ……!?」
「や、やったか!?」
オウソウの突き出した鉤爪がナナシの胸元に深々と突き刺さり、その様子を見ていた者達は彼が勝利をしたのかと思った。しかし、オウソウは胸元に放った鉤爪の感触に目を見開き、あろう事か自分の繰り出した鉤爪が砕けてしまう。
「馬鹿なっ!?ミスリル製の鉤爪が……!?」
「ウガァッ!!」
「ぐはぁっ!?」
攻撃を仕掛けたはずの自分の鉤爪が破壊された事にオウソウは動揺した瞬間、ナナシは腕を振り払ってオウソウを殴り飛ばす。その結果、オウソウは派手に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた後も身体を何度も横転し、建物の壁へと衝突してやっと泊まる。
口元から血を流しながらオウソウは身体を痙攣させ、その様子を見ていた他の者達は絶望する。白狼騎士団の中でもオウソウは耐久力に関しては一番を誇るが、そのオウソウを一撃で戦闘不能に追い込んだナナシの攻撃に誰もが恐怖を抱く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます