第608話 リュコVSナナシ

「ぬうっ!?」

「だああっ!!」



瓦礫が頭上に落ちてきた事でナナシは一瞬だけ気を取られ、その隙を逃さずにリュコはナナシへ向けて駆け出すと、ナナシの身体を持ち上げて押し込む。彼女は建物壁に突っ込み、そのまま街道まで突き抜ける。



「がはぁっ!?」

「まだまだぁっ!!」



リュコは街道を駆け抜けると別の建物へと突っ込み、壁を次々と突き抜けていく。建物の壁に身体が衝突する度にナナシは苦悶の表情を浮かべ、一方でリュコも瓦礫に衝突する度に怪我を負うが、それでも彼女は止まらない。


最初に持ち上げられたときにナナシは武器を手放し、抵抗する事も出来ずに次々と建物の壁に叩きつけられ、最後には二人とも建物の路地裏に倒れ込む。ナナシとリュコは苦痛の表情を浮かべながらも立ち上がり、同時に拳を繰り出す。



「このっ……ぐあっ!?」

「はあっ!!」



巨人族のリュコとナナシでは腕の長さは大きく違い、ナナシの拳は当たる事もなく彼女の拳に殴り飛ばされる。ティナとの戦闘で大分疲労が蓄積していたナナシの動作は鈍く、この機を逃さずにリュコは畳みかけた。



「うおおおっ!!」

「ぐうっ!?」



倒れたナナシにリュコは跨ると、彼に向けて幾度も拳を振り下ろす。何度拳を振り下ろし、彼を気絶させようと追い込む。シルに助けてもらい、どうにか足を引きずってティナは二人の様子を観察していると、このままならばナナシを倒せるのではないかと考える。



(倒せる、あと少しであの男を……)



いくらナナシが巨人族級の怪力を誇るといっても、彼の相手のリュコは正真正銘の巨人族である。しかも彼女の方が体格に勝る分、打たれ強い。しかもナナシの体勢からでは力のこもった打撃は繰り出せず、徐々にリュコの攻撃によってナナシは痣だらけになっていく。



「これで、終わりだぁああっ!!」

「がはぁっ!?」

「や、やった……!?」



リュコが身体を仰け反らせると、勢いよく頭を突っ込んでナナシの顔面に頭突きを叩き込む。ナナシは顔面が陥没したのではないかという程の衝撃を受け、両腕がゆっくりと地面に倒れ込む。


動かなくなったナナシを確認するとリュコは起き上がり、彼女も満身創痍だった。それでもリュコは動かないナナシを見て勝利を確信すると、その場に座り込む。



「恐ろしい男だ……万全の状態ならば、私に勝ち目はなかった」

「リュコさん!!大丈夫ですか!?」

「……私の事より、自分の身を心配しろ」



自分の元に足を引きずりながらも近づこうとするティナを見てリュコは苦笑いを浮かべるが、途中でティナは何かに気付いたように目を見開き、彼女はリュコに振り返るように告げる。



「リュコさん、後ろ……!!」

「何……?」

「……ぐがぁあああっ!!」



倒したと思われたナナシがゆっくりと起き上がり、彼は全身から血を流しながらも立ち上がろうとしていた。どう見てもまともに動ける状態ではないが、身体中から血を流しながらもナナシは起き上がり、その執念にリュコは背筋が凍り付く。



「なっ……まだ、やるつもりか」

「ぐぅうっ……うがぁっ!!」

「様子がおかしい……リュコさん、離れてください!!」



ナナシは気が狂ったように身に付けていた鎧を外し、上半身の衣服を引き裂く。そして彼は空を見上げると、光り輝く月を黙って見上げる。その直後に変化は訪れた。



「うがぁっ……アアアアッ!!」

「馬鹿な!?こいつ、まさか……」

「狼、男!?」



満月を見上げた瞬間にナナシの全身の体毛が伸び始め、やがて体格の方も徐々に巨大化し、やがてコボルトの如く全身が毛皮と狼の頭を持つ生物へと変化を果たす。


通常のコボルトと異なる点があるとすればその身長は4メートルを超え、更には手足の部分だけは巨大化しているが人間の形を保ち、皮膚の色は黒色化していた。




――狼男はこの世界では魔人族として取り扱われ、彼等は普段は普通の人間と変わらない姿をしている。しかし、人間の状態でも並外れた身体能力を誇り、更に夜を迎えると彼等は月の光を浴びる事でより凶悪な姿へと変貌を果たす。




どうしてナナシがこれまで変身せずに人間の姿を保っていたかというと、狼男は変身するためには身体の半分以上を月の光に浴びないと変身せず、装備を身に付けている間は彼は人間の姿を保てた。それでも月の光の影響で普段以上に身体能力は強化され、人間状態でも巨人族級の力を誇った。


そして完全な変態を果たしたナナシはリュコとティナに視線を向けると、彼等に向けて咆哮を放つ。その姿は最早人間の名残はなく、ナナシはまずはリュコへ向けて拳を握りしめると打ち込む。



「ガアアッ!!」

「ぐはぁあああっ!?」

「きゃあっ!?」

「ぷるるんっ!?」



狼のような姿に変身しておきながらもナナシの両手と両足には鋭い爪は生えていない。しかし、全力で握りしめた拳の威力は凄まじく、リュコの肉体を吹き飛ばすと、ティナとシルも巻き込む。

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