第607話 シル

「――ここまでのようだな」

「がはっ……」



半壊した建物の中にてティナは首元を締め付けられ、頭から血を流すナナシに抑えつけられていた。デュランダルは手元から離れ、既にあちこちから血を流し、もう抵抗する体力も残っていない。


ナナシはティナの首元を握りしめると、凄まじい握力で首の骨を折ろうとしてきた。それに対してティナは苦悶の表情を浮かべ、必死に振りほどこうとするが、その時にナナシの背後から近づく影が存在した。



「ぷるるんっ!!」

「ぬっ!?」

「あぐぅっ!?」



ナナシの背後に衝撃が走り、彼は驚いて振り返ると、そこには銀色に光り輝くスライムが存在した。その姿を見てティナは目を見開き、自分が家族の様に愛するシルがここに居る事に戸惑う。



(シル!?どうしてここに……)



シルは何度もナナシに向けて体当たりを行い、ティナを救おうとする。その行為に対してナナシは眉をしかめ、彼は大剣を振りかざしてシルを吹き飛ばす。



「目障りだ!!」

「ぶるんっ!?」

「っ……!!」



シルが大剣の腹の部分に衝突して吹き飛ぶ姿を目撃すると、ティナは激しい怒りを抱き、限界を迎えた肉体を奮起させてナナシの顎を蹴りつける。



「ああっ!!」

「ぐふっ!?」



突如として現れたシルに気を取られていたナナシは顎を蹴り上げられ、反射的にティナを手放してしまう。その間にティナは首元を抑えながらもシルの元へ向かう。



「シル、シル……無事ですか!?」

「ぷるるるっ……」



ティナがシルを抱き上げると、目を回した状態で気絶している事が発覚し、とりあえずは死んでいない事を知って安堵する。しかし、一方で今度はナナシの怒りを買ってしまう。


ナナシは蹴り上げられた顎を抑え、口元から血を流しながらもティナに視線を向けた。その表情はこれまでに見た事がないほどに怒りに染まり、両手の大剣を握りしめる。



「貴様等……許さんぞ」

「くっ……」



接近してくるナナシに対してティナはシルを守る様に庇うと、相手は両手の大剣を振りかざす。しかし、彼が剣を振り下ろす前に大きな影が現れると、ナナシは本能的に危険を察して上空を見上げる。



「何っ!?」



自分の頭上に目掛けて巨大な瓦礫が落ちてきている事に気付き、それを確認したナナシは反射的に両手の大剣を振りかざして瓦礫を破壊する。もしも気付くのが遅れていたら今頃は瓦礫に潰されていただろうが、その間に何者かがシルとティナの元に訪れた。



「大丈夫か?」

「あ、貴方は……リュコ様?」

「ぷるる~んっ……」

「ここまでよく戦ったな、後は任せろ」



ティナは顔を見上げると、そこには自分と同じく黄金冒険者であり、現在は白狼騎士団の戦闘指導役を行っているリュコの姿が存在した。彼女が現れた事にティナは驚くが、彼女は優しい笑顔を浮かべてシルの頭を撫でる。




――時は遡り、リュコは城下町で人々の避難をさせていた。そんな時、彼女は王城の方角からティナが飼育しているシルが急いだ様子で街道を移動している事に気付き、何かあったのかと察した彼女はシルの後を追う。


自分の主人の危機をシルは感じ取ったらしく、彼女を救うためにシルはティナとナナシが戦っている場所に辿り着く。リュコもその後を追うと、ナナシに止めを刺されそうなティナ達の姿を見て彼女は助太刀へと入った。




シルとティナを抱き上げたリュコはナナシと向き合うと、負傷はしているが只者ではない相手だと悟り、まずは二人を離れた場所に移動させる。その後は自分は闘拳を身に付け、ナナシと向かい合う。



「黄金冒険者……リュコだ」

「リュコだと……お前があの噂の拳闘家か」

「リュコ様……気を付けて下さい、その男は只者ではありません!!」

「分かっている」



リュコはナナシと向かい合うと、異様なまでの威圧感を感じ取り、彼女は冷や汗を流す。しかし、ここで彼女が引けばシルとティナも殺されてしまう。それだけではなく、他の人間も危機に晒される。


ナナシの正体が魔王軍の幹部という事はリュコは知らない。だが、拳闘家の本能がこの男を放置する事は危険過ぎると告げ、彼女は闘拳を装着するとナナシと向かい合い、そして気合の雄たけびを放つ。



「うおおおおおおっ!!」

「ほう……中々の気迫だ、これは楽しめそうだ」



彼女の雄たけびを聞いてナナシは相手がただの巨人族の戦士ではないと悟り、楽しそうな表情を浮かべて両手の大剣を構えた。それに対してリュコは大きく足を振りかざし、相撲の「四股」のように地面に足を叩きつける。その際に軽い振動が走り、その様子を見てナナシはリュコが真正面から挑むつもりだと悟る。



「行くぞ!!」

「正面から来る気か……良いだろう、かかってこい!!」



リュコが正面から接近すると、ナナシは両手の大剣を握りしめて振り翳そうとした。しかし、ここで先ほどの彼女の「四股」の影響で崩れかけた建物の瓦礫がナナシの頭上に目掛けて再び落ちてこようとした。

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