第616話 力を合わせて
周囲から無数の矢が放たれ、カレハの風の力で加速した矢はナナシの肉体へと次々と突き刺さる。それでも頑丈な毛皮と筋肉によって損傷は与えられず、せいぜいよろけさせる程度の効果しかない。
それでもナナシが隙を見せればリルとチイは果敢に挑み、彼へと切りかかる。彼女達だけではなく、動けるものはナナシへ立ち向かう。
「うおおおっ!!」
「はぁあああっ!!」
「ぐうっ……調子に乗るなぁあああっ!!」
ナナシは大音量で叫び声を上げると、あまりの音に聴覚が優れている獣人族の者達は耳を抑え、エルフも人間よりも聴覚が敏感なので悲鳴を漏らす。一瞬だけリル達が怯んだのを見逃さずにナナシは跳躍を行うと、両手の大剣を振りかざす。
「うおおおおっ!!」
「い、いかん!?皆、下がるのだ!!」
いちはやく危険を察したカレハは周囲の者達に叫びかけるが、先ほどのナナシの咆哮によって耳をやられた者達は彼女の声は聞こえず、反応が遅れてしまう。そしてナナシは地面に向けて両手の剣を突き刺した瞬間、冷気と炎が地面から広範囲に噴き出す。
炎魔刀の付近に存在した兵士は全身を焼き尽くされ、反対に氷魔刀の周囲の者達は身体が凍り付く。リルとチイも例外ではなく、二人は逃げ切れずに足に火傷と凍傷を同時に負う。
「ぐあっ!?」
「があっ!?」
「はあっ……はっ……余計な体力を使わせおって……!!」
「お、おのれ……!!」
事前に危険を察知したカレハだけは自分の周囲に芭蕉扇を使用して風の障壁を作り出し、どうにか自分の背後に存在した者達も含めてナナシの攻撃を防ぐ事に成功した。だが、攻撃の際に芭蕉扇に炎が燃え移り、彼女の手元で芭蕉扇は燃えてしまう。
「ぞ、族長……芭蕉扇が、我が里の秘宝が!!」
「たわけっ、敵を前にして動揺するな。形ある物は何時かは壊れる……芭蕉扇をその時を迎えただけに過ぎん」
「し、しかし……」
「安心せい、芭蕉扇がなくとも戦う事は出来るわ……儂を信じよ」
「はあっ……はっ……強がりを言うな、森の民よ。お前等は、もう何も出来ん。ここで俺に殺される宿命だ……」
ナナシは息を荒げながらもカレハに視線を向け、もう彼女達を守る者はおらず、今度こそ始末するために歩む。先ほどの攻撃でナナシも大分体力を消耗しているが、それでもこの場に存在する全員を殺す体力は残っていた。
「族長、御逃げ下さい!!ここは我等が時間を稼ぎます!!」
「阿呆、儂の半分も生きておらんひよっこが偉そうに指図するな……死ぬときは皆一緒じゃ」
「族長……」
「その通りだ、命ある限り諦めずに戦え……それが我々の戦士の掟だ」
リドは剣を地面に突き刺しながらも立ち上がり、顔の半分に火傷を負った状態でありながらも構えを取る。そんな彼等にナナシは迫ると、炎魔刀を振りかざす。
「せめてもの情けだ……痛みを感じる暇もなく、焼き尽くして殺してやろう」
「ぐうっ……」
「最期に……一言だけいいか?」
炎魔刀が振り下ろされる前にカレハは口を挟むと、ナナシは死ぬ前に何か言い残す事があるのかと腕を止める。そんな彼に対してカレハは後方へと振り返り、そして後ろを指差す。
「お主、我等に構っている暇はあるのか?あの車輪の音が聞こえんのか?」
「何だと……」
「来るぞ、皆の者避けろ!!」
カレハの言葉にエルフ達は左右に飛び散ると、ナナシは彼等の行動を見て驚き、前方へと視線を向けた。聞き耳を立てると確かに街道に車輪が動くような音が鳴り響く。
徐々に車輪の音は大きくなると、やがて車輪の他にも人間のような声も聞こえ、凄まじい勢いで街道を移動する荷車が出現した。その荷車を引いているのがスライムを頭に乗せた少女だと判明する。
「きゅろろろろっ!!」
「ぷるる~んっ!!」
「間に合いましたかっ!?」
「なっ……!?」
流石のナナシも街道に現れた者達を見て唖然とした表情を浮かべる事しか出来ず、荷車には大砲のような兵器を乗せたリリスの姿も存在した。彼女はサンに荷車を控え、王城に保管していた試作段階の魔導砲を搭載させた状態で向かう。
「うわっ!?どういう状況ですかこれ!?」
「きゅろっ!!デカい狼!?シロとクロの親戚?」
「ぷるるんっ!!(こいつはやばそうな臭いがぷんぷんするぜ!!)」
赤煙が発生した現場に辿り着いたリリス達は目の前の惨状に驚き、すぐにナナシの存在に気付いて警戒態勢に入る。一方でナナシは荷車に乗った「魔導砲」に視線を向け、彼は初めて見る代物に戸惑う。
この世界には大砲が存在せず、ナナシは魔導砲を見ても最初は「鐘」か何かを運びこんできたのかと勘違いする。鐘を鳴らして他の仲間でも呼び寄せるつもりなのかと考える彼に対して、リリスはナナシを敵と認識すると魔導砲の準備を行う。
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