第614話 大型魔獣用痺れ薬

「辻斬りぃっ!!」

「ふんっ!!」



背後から切りかかってきた相手に対してナナシは振り返りもせずに炎魔刀を背中にやると、金属音が鳴り響く。彼は後ろを振り返った時には既に相手は距離を取り、剣を構えていた。



「あちちちっ!?熱いでござる!!」

「は、ハンゾウさん!?」

「やっと来たか……!!」



ハンゾウは炎魔刀に剣を弾かれた際、思いもよらぬ熱気に襲われて彼女は熱を帯びたフラガラッハを振り抜いて熱を冷ます。ハンゾウが現れた事を知ってティナは驚き、リュコは援軍が着た事に笑みを浮かべる。


ナナシはハンゾウに視線を向け、彼女が手にしている聖剣を見て一瞬だけ目を見開くが、すぐにティナが所持していたデュランダルの事を思い出す。勇者が聖剣を作り出したという話は聞いていたが、本当に勇者以外の存在が聖剣を扱いこなしている事に彼は腕を組む。



「なるほど、お前がツルギの言っていた忍者とやらか……ツルギはどうした?」

「もうこの世にはいないでござる……拙者たちの手で始末したわけではなく、妖刀によって身を滅ぼした者達と同じ末路を辿った、それだけ言えば分かるでござるか?」

「そうか」



ツルギが死んだと知ってもナナシは一切表情を変化させず、仮にも魔王軍の仲間が死んで何も感じないのかとハンゾウは思ったが、今はこの男をどうにかする方が先だと彼女は改めて向かい合う。



(あの男が持っている大剣……危険でござるな。近づいただけで焼き尽くされそうでござる)



炎魔刀に刃が触れただけでフラガラッハの刀身が高熱を帯びた事を思い出し、並の金属の武器では触れただけで溶解するほどの温度を放っていた。使い手であるナナシが両手の大剣の影響を受けていないのは不思議だが、もしかした魔剣の能力で所有者には害が及ばない仕組みがあるのかもしれない。



(この男は危険でござる……しかも、あの外見。まるで妖ではないでござるか)



ハンゾウは狼男を見るのは初めてであり、その異様な姿に圧倒されそうになるが、すぐに気を取り直して剣を構える。一方でナナシの方は動こうとしないハンゾウに焦れたように剣を振りかざす。



「どうした!!来ないのならばこちらから行くぞ!!」

「ぬあっ!?」

「避けろ、ハンゾウ!?」



狼男の身体能力を生かしてナナシは駆け出すと、一瞬にして彼女を剣の間合いに捉える。そのあまりの速度にハンゾウは動揺するが、リュコの声を耳にしてすぐに回避行動へと移った。


ナナシは両手の大剣を同時に振りかざすと、ハンゾウは咄嗟に上空へと回避すると、空中で回転しながらも反撃の戦技を繰り出す。



「がざっ……!?」

「ガアアッ!!」



顔面に目掛けて剣を放とうとしたハンゾウに対してナナシは口元を開くと、放たれた刃を牙で受け止めた。その彼の行動に誰もが驚くが、ハンゾウはすぐに武器を手放してナナシの肩を踏み台にして跳躍を行う。



「お主、意外と馬鹿でござるな!!」

「ふがぁっ……!?」



更に上空に跳躍したハンゾウの言葉にナナシは目を見開くと、突如として牙で受け止めたフラガラッハが光り輝き、閃光を放つ。結果的に閃光を至近距離で浴びたナナシは目を晦ます。


聖剣の所有者ではない人間が聖剣を触れた場合は「拒否反応」を引き起こす。この拒否反応の種類は様々存在し、発熱、重量の増加、触れた物を焼き尽くす等々がある。その中には強烈な光を放つ拒否反応も存在し、偶然にもナナシは視界を奪われる。


ハンゾウは近くの建物の上へと着地すると、ナナシの様子を伺う。視界が奪われた事でハンゾウの居場所を探れなくなり、攻撃するならば今が好機だが彼女もフラガラッハを手放してしまう。そこでハンゾウは懐に手を伸ばし、奥の手を取り出す。



(大型魔銃用の痺れ薬!!これならば効果があるかもしれないでござる!!)



彼女は小さな壺を取り出すと、中身の黄色の粉末を確認し、これを振りかけるだけでボアや赤毛熊などの魔物でも一発で痺れさせて動けなくさせる強力な痺れ薬だった。この薬は和国の忍者の秘伝のため、薬剤師のリリスでさえも製作法は知らない。



(これを奴に吸い込ませれば身体が痺れて動けなくなるはず……その間に急所を切り裂けば勝てるかもしれぬでござる!!)



口や鼻、あるいは目からでも痺れ薬を当てればナナシを戦闘不能に追い込める可能性は十分にあった。ハンゾウは気づかれないように建物から飛び降りると、まだハンゾウの目が見えていない隙に接近する。



(この距離ならば……いける!!)



ある程度まで接近すると、彼女は壺の蓋を開き、粉末を放とうと振りかざす。しかし、ナナシは鼻と耳を動かすと、嗅覚と聴覚でハンゾウの位置を捕えて大剣を振りかざす。



「ぬんっ!!」

「ぬあっ!?」

「気づかれた!?」

「馬鹿者、奴は狼男!!視界を封じただけではどうにもならんわ!!」



不用意に接近したハンゾウにカレハは叱りつけるが、既にハンゾウは壺を振りかざす体勢へと入っていた。

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