第596話 最強の剣士

――同時刻、ティナは街道にて建物の火災に巻き込まれていた人々の救助を行っていた。火災によって崩壊した建物の中から彼女は負傷者を助け出し、城下町の見回りを行っていた兵士に指示を出す。



「この方達に早く治療を!!」

「は、はい!!おい、誰かまだ回復薬を持っているか!?」

「ううっ……」



負傷者を兵士に託した後、ティナは額の汗を拭い、火事を引き起こした人間を探していた。既に城下町に敵が侵入している事は間違いなく、何者が家事を引き起こしたのかはまだ分からないが、彼女は嫌な予感を覚えた。


武人の勘とでも言えばいいのか、このまま王城へ戻ってレナ達と合流するよりも火事の犯人を見つけて対処しなければならないと告げていた。そうしなければ最悪の事態を引き起こす、そんな風に思えてならない。



(いったい何を不安がっているのですか、私は……!?)



先ほどの豪雨によって城門を乗り越えようとしていたロックゴーレムの集団は全滅し、既に城下町の方にも兵士が出回っている。飛行船の方から先ほどから煙が上がっているのは気がかりだが、どうしてもティナはこの場を離れる事が出来ない。


言いようの知れない不安が彼女へと襲い掛かり、やがてその不安の正体がもうすぐ判明しようとしている事もティナは勘付いていた。



「……その恰好、黄金冒険者のティナだな?」

「っ……!?」



ティナは聞きなれない声を耳にして振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。しかし、その男から発せられる凄まじい気迫に彼女は気圧され、咄嗟に距離を取ってしまう。



「中々の反応だ。少しは楽しめそうだな」

「あ、貴方は……!?」

「行くぞ、死にたくなければ全力で抗え」



男は漆黒の鎧を纏い、それでいながらその背中には二つの大剣を背負っていた。片方は青く、もう片方は赤い刀身の大剣だった。ティナは咄嗟に自分の大剣を引き抜いてが構えようとしたが、どういう事なのか男の姿が消え去る。



「えっ……きゃあっ!?」

「ぬぅんっ!!」



男が消えたと思った瞬間、強烈な衝撃がティナの身体へと走ると彼女は吹き飛ばされてしまう。いったい何が起きたのか分からず、気づいたときにはティナの身体は空中に吹き飛ばされて彼女が身に付けていた鎧の一部が砕け散ってしまう。


一瞬の間に男が接近し、自分を斬って吹き飛ばしたという事実にティナは遅れながらも気付き、彼女は地面に叩きつけられる。あまりの痛みに苦痛の表情を浮かべるが、男は容赦せずにティナに目掛けて突っ込む。



「その程度か!?」

「あぐぅっ!?」



地面に転がった状態でティナは蹴り飛ばされ、まるで巨人族級の怪力で彼女の身体は後方へと吹き飛ぶ。力には自信があるティナだったが、男はティナをも上回る筋力を誇り、彼女は近くの建物の壁に衝突する。



「がはぁっ!?」

「……終わりか」



壁に激突して地面に倒れたティナの姿を見て男は落胆した表情を浮かべるが、彼は右手を振りかざすと赤い刃の大剣を振り下ろす。それに対してティナは目を見開き、咄嗟に自分の大剣で防ぐ。



「あああっ!!」

「ほうっ、まだ抗えたか!!」



どうにか男が振り落とした大剣を受ける事には成功したが、直後にティナの身体に強烈な圧迫感が襲い掛かり、一瞬でも力を抜けば男の剛力で圧し潰されると感じたティナは全力で大剣を支えた。


しかし、ティナに大して男は片腕のみの腕力で彼女を抑えつけ、更に今度は左腕の大剣を構えると、彼女の大剣に叩き込む。



「ぬんっ!!」

「あぐぅっ!?」



二度目の強烈な衝撃がティナの身体へと襲い掛かり、片腕だけでも精いっぱいだったのに今度は両腕を使用して押し潰そうとする男に彼女は耐え切れずに地面へと押し倒される。



(なんて、力……!?まさか、この男は……!!)



男の大剣に今にも身体が潰されそうになる中、ティナの脳裏にレナ達とまだ出会う少し前、ある噂を聞いた事を思い出す。その噂の内容というのがヒトノ帝国に所属する黄金冒険者が引退したという話だった。





――ヒトノ帝国で活動していた黄金冒険者の名前は「ナナシ」と呼ばれ、その人物はヒトノ帝国に存在する冒険者ギルドに所属する冒険者の中でも一番の剣士だと言われていた。実際に皇帝は彼に何度か冒険者を辞して帝国に仕えるつもりはないかと直々に尋ねた事もあったが、彼は断って冒険者として活動する事を誇示していた。


だが、そんな冒険者の鏡ともいうべき存在が突如として引退を宣言した事に帝国中が騒然とし、その噂はケモノ王国にまで流れてきた。ティナは噂に聞いたナナシの特徴を思い出し、彼は赤と青の刀身の大剣を所有しているという。





目の前に現れた人物の正体があの帝国の黄金冒険者のナナシだとティナは気付き、彼女はどうしてナナシがここにいるのかと思ったが、まずはこの状況を打破しなければならなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る