第589話 陽動

「ぞ、族長……お見事です」

「ふん、他愛もない……これが魔王軍の幹部か?思っていたよりも歯ごたえがないのう」

「ぐぐっ……ちょ、調子に乗りやがって……ぐあっ!?」

「誰が起き上がっていいと言った?」



立ち上がろうとしたオニマルに対して彼は容赦なく扇子を振り下ろすと、再び上から突風を叩き込まれたオニマルはますます床板にめり込む。


カレハが手にした「芭蕉扇」は元々は勇者が作り出した特殊な魔道具だが、その扱い方は非常に難しく、まずは並の人間では絶対に扱えない代物である。所有者であるカレハも芭蕉扇を使いこなすのに長い年月を要した。



「諦めよ、魔王軍の男よ。お主では逆立ちしようと私には勝てん」

「くそがっ……!!」

「カレハ様、この男はどうしますか?」

「ふむ、捕まえて勇者殿に差し出すのが一番じゃろう。これで少しは勇者殿に恩返しを……なんじゃっ!?」



オニマルを捕縛するようにカレハが命じようとした時、唐突に飛行船に振動が走り、船の後方から煙が上がる。どうやら船内で爆発が起きたらしく、船のあちこちに火の手が回る。



「はっ……残念だったな、もうこの船は終わりだ」

「まさか……既に仲間が船に侵入していたのか!?」

「しまった!!貴様はただの囮だったのか!?」



どうやら既に船の中には爆発物が仕掛けられていたらしく、飛行船に搭載されている砲台が次々と爆発し、徐々に船が崩れ始めていく。このまま船上に存在すれば危険だと判断し、すぐに船上の者達にカレハは避難するように促す。



「いかん!!このままでは我等も炎に飲み込まれるぞ!!すぐに船から離れるのじゃっ!?」

「そ、そんな……」

「俺達の船が……」

「ええい、何をしておる!!船などまた作ればいい、ここで死んだら元も子もないぞ!?」



ここまで建造した飛行船が壊れていく光景にドワーフの職人たちは愕然とするが、そんな彼等に対してカレハは怒鳴りつけ、急いで飛行船から避難するように指示を出す。


カレハの言葉に戦士達は真っ先に従い、呆然としてるドワーフ達の腕を掴み、船上から避難を開始した。その様子を見ていたオニマルはゆっくりと身体を起き上げると、笑い声をあげた。



「ははははっ!!もうこれでお前等に勝ち目はなくなったな……俺の役目は終わりだ、とっとと殺せ!!」

「貴様……!!」

「リド、そんな男に構っている暇はない!!私達も逃げるぞ!!」



爆発によって発生した炎が甲板にまで広がり始め、急いでカレハはリドと共に船上から避難し、取り残されたオニマルは迫りくる炎の中で笑い声を上げ続ける。


やがて飛行船の全体が炎へ包まれ、その光景をエルフとドワーフ達は成す術もなく見届ける事しか出来なかった。カレハの芭蕉扇でも火を食い止める事は出来ず、飛行船は完成間近を迎えながらも焼け崩れてしまった――






――同時刻、城下町の方ではチイが白狼騎士団を引き連れて火災の現場へと赴き、城下町に炎を放った犯人を捜索していた。幸いにも豪雨の影響で城下町に起きていた火事は殆どが消火されたが、それでも油断できない状況だった。



「チイ副団長!!飛行船の建設場から煙が……!!」

「何だと!?くそっ、すぐに向かうぞ!!」



チイは飛行船の建設場から煙が上がっている光景を確認すると、すぐに騎士団を引き連れて向かおうとした。しかし、飛行船の建設場に辿り着く前に街道に人影が現れると、先行していたチイの馬に向けてその人物は刀を抜く。



「ふんっ!!」

「ヒヒィンッ!?」

「うわっ!?」

「ふ、副団長!?」



馬の足が刀によって切り裂かれ、体勢を崩したチイは空中へと吹き飛び、その光景を見ていた騎士達は驚愕の声を上げる。一方で馬の足を切り裂いた人物の手には紅色に光り輝く刀が握りしめられていた。


空中に飛んだチイは持ち前の身軽さで身体を回転させながら体勢を持ち直し、地面へと着地する。そして自分に切りかかってきた相手に視線を向けると、そこには妖刀「紅月」を構えたツルギの姿が存在した。



「ふむ……誰かと思えば、白狼騎士団の副団長だったか」

「ツルギ……!!貴様、どうしてここにいる!!」

「その質問に答える義理はない」



ツルギは剣を構えると、チイと同行していた白狼騎士団の団員に視線を向け、彼は馬に乗っている彼等の元へ駆け出す。その姿を見たチイは咄嗟に団員達に逃げるように叫ぶ。



「駄目だ!?その男に近付くな!!」

「えっ……ぐああっ!?」

「いやぁっ!?」

「がはぁっ!?」

「……切り捨て、御免」



団員達を次々とツルギは切り伏せると、地面に馬と騎士達が倒れ込む。その光景を見たチイは怒りを抱き、剣を抜いてツルギと向かい合う。そんな彼女に対してツルギは残念そうな表情を浮かべた。



「やれやれ、儂の相手がお主のような小娘か……少々拍子抜けじゃな。勇者か、あの女であればよいと願っていたが……」

「ツルギ、貴様っ……!!」

「まあいい、仮にも白狼騎士団の副団長であるのならば少しは儂を楽しませてくれるか?」

「……私をあまり舐めるなよ、悪鬼め!!」



チイはツルギと向かい合うと、腰に差していた剣を引き抜く。その様子を見てツルギは刀を構えるが、ここで彼はチイが装備している剣を見て疑問を抱く。

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