閑話 〈剣の勇者の苦悩〉

――剣の勇者である瞬は召喚された4人の勇者の中でも最も期待を受けていた。彼は人柄も良く、努力を怠らず、帝国に残った3人の勇者の中でも最も真面目な男だった。しかし、同時に真面目過ぎる故に考え込む癖もある。



「くそっ……!!」



瞬は王城の訓練場にて何時間も素振りを行うが、気分が晴れなかった。彼の頭にはジョカに殺されかけたチイの姿が根強く記憶に刻み込まれ、彼の甘さが最悪の事態を引き起こした。


もしもジョカに止めを刺す事に瞬が反対せず、躊躇せずに殺していたとしたらチイが死にかける事もなく、魔王軍の最高幹部を取り逃がさずには済んだ。しかし、結局は瞬がリル達の行動を止めた事でチイは死にかけ、ジョカを取り逃がしてしまう



「僕はどうすればいいんだ……!!」



現代人である瞬は人が人を殺す事は間違いであると信じていた。その考え自体は間違っていないのかもしれないが、現実に瞬のせいで最悪の事態を引き起こした事実は変わりはない。あの時にジョカを殺す事が正しかったのかと、瞬は思い悩む。



(人殺しなんて間違っている。だが、僕のした行為のせいで人が死にかけた……悪人を逃がしてしまった)



今まで瞬が戦ってきた相手の中に人間は存在する。しかし、それはあくまでも悪人の類ではなく、城の兵士や将軍、彼等との訓練による手合わせのみである。



(僕に人が切れるのか……?)



剣の勇者として召喚された瞬ではあるが、彼は今までに一度たりとも人を殺した事はない。悪党を相手に剣を抜いて戦った事はあるが、それでも人を殺した事などない。大抵の相手は瞬の実力を知れば降参するか、逃走するかの二つしか行動していない。


しかし、今後も勇者として戦い続けるならばいずれ瞬を人を斬る時が来るかもしれない。その事に瞬は身体を震わせ、自分の手で人を殺すという事に彼は恐怖を抱く。



(嫌だ、殺したくはない……けど、皆は僕に期待してるんだ。僕は勇者だって、この国を救う救世主だって……)



瞬は自分が勇者であるからこそ期待され、今の地位も与えられている事をよく理解していた。同じ勇者でありながら城の中ではぞんざいに扱われていたレアを見ていた時、彼に同情しながらも瞬は心の何処かでレアのような目に自分は遭いたくはないと考えていた。



(僕が勇者だって……違う、僕は勇者なんかじゃない。ただの高校生だ、人を斬る事も出来ないのに世界を救うなんて出来るはずがない)



思いつめた瞬は木刀を手放し、その場にへたり込む。どれだけ訓練をしようと彼には人を斬る覚悟など抱けるはずがなく、瞬は自分を召喚し、期待してくれる人間達の事を思い出すだけで嫌になる。



『素晴らしい!!流石は勇者様です!!』

『勇者様、共に魔王軍を打ち倒しましょう!!』

『勇者様は素晴らしい御方です!!』

『勇者様!!』

『勇者様!!』

『勇者様!!』

「っ――――!!」



頭の中に今まで関わってきたこの世界の人間の言葉が響き、瞬は耐え切れずに言葉にならない声をあげてしまう。そんな彼の姿を見ている人間が存在し、訓練場の出入口にて心配した様子の茂と雛の姿があった。



「あいつ、どうしちまったんだ……?」

「瞬君、大丈夫かな……」



二人の勇者は帰ってきてから人が変わったような瞬の態度を見て心配し、最近は彼の訓練する姿をこっそりと見守る機会が増えていた。瞬に話しかけても彼は何も応えず、毎日のように訓練場に引きこもっては一心不乱に訓練に励んでいた。


茂も雛も同じ勇者であるとはいえ、瞬の様に自分達が勇者である事を意識しすぎて悩む事はない。それは二人がまだ瞬のような体験をしていないからという理由もあるが、単純に瞬は二人と違って思い悩みやすい性格だからこそ、答えを見つけるまでは悩み続けるだろう。


瞬の事は心配ではあるが、茂も雛も彼が悩みを打ち明かさない限りは何も出来ず、いつか瞬が自分から悩みを打ち明かす事を信じて待つ事しか出来なかった――






――レイナの場合は最初は勇者として認められなかったが故に彼のように期待を受ける事はなく、思い悩む事はなかった。しかし、瞬は勇者として最初から認められていたが故に大勢の人間の期待に応えなければならないと思い込み、苦悩する。





※この話は必要なのか、と思う方もいるかもしれませんが、作者としては勇者として受け入れられた側の人間でも悩みは出てくると思い、この話を加えました。

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