第579話 魔王の命令
「そういえばまだ名前を名乗っておらんかったな。儂の名前は……」
「必要ない、覚える気もない」
「ほう、ではお主の名前だけでも教えてくれんか?」
「…………」
「無駄よ、爺さん。そいつは人と馴合うのを嫌うの、だから私が代わりに答えてあげるわ。この男の名前はナナシよ」
ツルギの質問に対して大男は返事すら行わず、それを見かねたジョカが代わりに答える。ナナシという名前にツルギは聞き覚えはなく、腕の立つ武人ならば噂ぐらいは耳にしてもおかしくはないが、もしかしたら偽名の可能性もあった。
一方で鬼人族の男の方は腕を組んだ状態で空席二つに視線を向け、アルドラとグノスが本当に敗れたのかと内心では驚く。報告は届いていたが、まさかアルドラはともかく、慎重深いグノスまで敗れたと聞いたときは彼も信じられなかった。
「まさか、グノスまでも敗れるとはな」
「あら、貴方達そんなに仲が良かったかしら?毎回顔を合わせる度に喧嘩してたくせに……」
「ふん、そんなわけがあるか……殺し損ねたなと思っただけだ」
「流石は魔王軍きっての暗殺者ね。まあ、それよりもあの御方はまだなのかしら?」
「……訪れるぞ」
ジョカの言葉にナナシは顔を上げると、他の者達もそれを見て天井に視線を向ける。すると天井から魔法陣のような紋様が浮き上がり、光の柱が誕生して机の中央へと降り注ぐ。
あまりの光に全員の目がくらみそうになるが、ナナシだけは目を開いたまま微動だにせず、やがて机の上には髑髏の形をした水晶が置かれていた。それを目撃した者達は背筋が凍り付き、やがて髑髏は目元を光り輝かせるとゆっくりと口を開く。
『……全員、集まったか』
「魔王様、お久しぶりでございます」
『挨拶は抜きだ、お前達の報告を聞かせて貰おうか』
髑髏が話し出した事に対しては全員が動揺を示さず、この水晶は遠距離の相手と会話できる魔道具の一種である事は既に知っていた。そして髑髏の水晶越しに話しているのが彼等が「魔王」と仰ぐ存在だと知っていた。
「ご報告します。これまでは我々はヒトノ帝国の戦力を削る事に集中してきました。しかし、ケモノ王国の方にて勇者が招かれた事により、力関係が大きく変わりつつあります」
「あの勇者は危険よ、危うく私も殺されかけたわ」
「聖剣を操るだけでも厄介だが、真の脅威はあの勇者の得体の知れぬ力……」
「魔王様、これは最近に得た情報ですがケモノ王国は飛行船なる船を作り出している模様です。奴等はその船に竜種を打ち破る兵器を搭載させるという噂までも流れています」
『ふむ……』
髑髏の水晶に魔王軍の幹部は報告を行うと、魔王は何かを考え込むようにしばらく黙り込み、やがてある結論に至ったのか魔王は命令を下す。
『飛行船とやらは王都に存在するのか?』
「はい、それは間違いないかと……」
『では、これより魔王軍は全勢力を動かしてケモノ王国の王都へ強襲せよ』
「なっ!?」
「あの王都を……」
「正気ですか魔王様!?」
思いもよらぬ言葉に誰もが動揺を隠せず、まさか自分達の方から王都に出向いて強襲を仕掛けるなど普通ならばあり得ぬ話である。これまでの魔王軍は決して目立たぬように行動し、裏で暗躍していた。しかし、王都への侵攻となるとケモノ王国の軍勢も黙ってはいない。
魔王軍といっても現在の勢力はこの場に存在する4人の幹部と、王国や帝国の家臣に内通者がいる程度で軍隊のような勢力は存在しない。だが、魔物使いのジョカが支配する魔物は多数存在し、その中でも最も強力な戦力は「雷龍ボルテクス」である。
「魔王様、それは雷龍を動かして王都へ攻め入ろという事ですか?」
『その通りだ。決行日はお前達に任せる、万が一の場合は私を呼び出すがいい』
「ま、魔王様を……!?」
『この水晶はお前達に預けよう。いいか、次の作戦に失敗は許されない……何としても私の前に召喚された勇者を引きずり出せ』
「はっ……分かりました」
髑髏の通信が切れたのか、目元の光が消えたのを確認するとナナシは水晶に手を伸ばす。その様子を見て他の者達はどのように反応すればいいのか困り、まさかいずれ戦う相手とは思っていたが、こちらの方から王都に出向いて攻撃を仕掛けるなど思いもしなかった。
(まさか魔王様がこんな強硬策に出るなんて……あの御方は何を考えているのかしら)
(王都へ強襲となればケモノ王国の軍勢も黙ってはおらんだろう。しかし、空を飛ぶ雷龍を相手に何処まで渡り合えるか事か……大勢の被害が生まれるだろう)
ジョカは雷龍を動かす事に冷や汗を流し、一方でツルギの方も王都の勢力と戦う事に武者震いする。一方でナナシは水晶を抱えた状態で黙り込み、鬼人族の男性は何かを考えるように腕を組む。
この数日後、彼等は全ての準備を整えて王都への侵攻を開始しようとした。しかし、王都の方では魔王軍が動き出す前にある出来事が起きていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます