第560話 二つ頭の狼人

「な、何だこれは……」

「コボルト、いやファング……なのか?」

「ははははっ!!どうだ、私が作り上げた作品は!?こいつは獣人族の貴様等を倒すために作り出した存在だ!!」

『ガアアアアッ!!』



リルとチイの頭に獣耳が生えている事を見抜いた魔大臣は笑い声をあげると、二つの頭を持つ人型の生物は鳴き声を放つ。その光景を見てリルとチイは不気味に思い、警戒態勢に入った。


ファングともコボルトとも呼べない生物の出現にリルとチイは戸惑うが、すぐに彼女達は互いの武器を構える。リルはムラマサを構えると、チイは両手の短剣を構え、相手の様子を伺う。



「グルルルッ……!!」

「くっ……なんとおぞましい姿だ」

「気味が悪い……帝国にこんな生物がいたとは」

「違う、こいつを作り出したのはこの私だ!!さあ、合成生物……いや、キメラよ!!私のために戦えっ!!」



魔大臣がキメラと呼んだ生物は咆哮を放つと、二人に目掛けて襲い掛かる。その動作は並のコボルトやファングの比ではなく、正面から迫ってきたキメラに対してリルは咄嗟にムラマサを振り抜くが、キメラは恐るべき反応速度で攻撃を躱す。



「牙斬!!」

「ガアッ!!」

「なっ!?跳んだっ!?」



リルの放った斬撃を回避したキメラは天井付近まで飛び上がると、体勢を反転させて今度は天井を足場に利用し、勢いよく突っ込む。その光景を見てリルとチイは反射的に後ろへ飛ぶが、キメラが繰り出した両腕の爪が床に食い込む。


地下に作り出された研究室の壁や床は特殊な煉瓦で構成され、並大抵の刃物では掠り傷さえも付かない。しかし、コボルトが繰り出した爪は深々と床へと突き刺さり、まるでバターを削るように爪が食い込む。



「ウガァッ!!」

「うわっ!?」

「くっ!?」

「はははっ、いいぞキメラよ!!やってしまえ……うわぁっ!?」



キメラが爪を振り払うと壁が削れ、リルとチイは爪に触れないように必死に避ける。その様子を見ていた魔大臣は上機嫌な様子だったが、彼の元にもキメラは接近すると、腕を振り払う。



「ガアッ!!」

「ま、待て……近づくな!!」

「ウガッ……」



魔大臣が慌てて笛を鳴らすと彼の眼前に迫っていたキメラの爪が停止し、ゆっくりとだがキメラは離れていく。その様子を見てリルとチイは魔大臣が所持している笛に視線を向け、どうやらあの笛を使ってキメラを操作している事を知る。



(あの笛でこの化物を操っているのか……それにしても帝国はこんな生物を作り出していたのか)

(リル様、どうしますか?ここはキメラよりも先にあの男を倒した方がいいのでは?)



小声でリルとチイは話し合うと、魔大臣が所持している笛を奪う方法を考える。しかし、その声が聞こえていたのかキメラは二人に振り返ると、全身の毛皮を逆立てて両腕を広げる。



「グゥウウッ!!」

「は、はははっ……どうやらこいつは腹が減っているようだな、飢餓状態に陥ったこいつはさらに強くなる、これで貴様等は終わりだ!!」

「……確かにこのままでは分が悪いな」

「リル様!?」



魔大臣の言葉を聞いてリルは素直に自分達の不利を認めた。キメラの動きが早すぎて先ほどからまともに反撃する事も出来ず、防戦一方に追い込まれているのは事実だった。


しかし、先ほどからのキメラの行動を見る限りはお世辞にも知性の方は高いとは言えず、現に笛の音を聞かされなければ主人の魔大臣にも襲い掛かろうとしていた。その事を察したリルはポーチに手を伸ばすと、ここで彼女は予想外の物を取り出す。



「腹が減っていると言ったな。なら、これはどうだ?」

「リル様、まさか!?」

「ガウッ!?」

「なっ!?」



リルが取り出したのはただの「干し肉」であり、彼女はキメラに向けて干し肉を投げ飛ばす。その光景を見てキメラは目を丸くするが、すぐに鋭い嗅覚が干し肉の臭いから「餌」だと判断し、空中に放り込まれた干し肉に向けて二つの頭が伸びる。



「ウォオンッ!!」

「今だ、チイ!!」

「は、はい!!」

「や、止めろぉっ!?」



干し肉に目掛けて跳躍したキメラに対し、上段に剣を構えたリルは駆け出すと、その横からチイも同じく駆け抜ける。その光景を見た魔大臣は咄嗟にキメラを止めようとしたが、本能のままにキメラは空中に浮かんだ餌に喰らいつく。


キメラが餌に夢中な間、リルはムラマサをキメラの二つの頭の間に叩き込み、勢いよく振り下す。一方でチイもキメラの背後へと移動すると、首の後ろに向けて短剣を振り抜く。



「兜割りっ!!」

「辻斬りっ!!」

「ッ――!?」

「き、キメラぁあああっ!?」



キメラの胴体と首筋に鮮血が舞い散り、その光景を見ていた魔大臣は悲鳴を上げる。リルが放った剣技は上段から振り下す戦技、チイが放ったのは急所に目掛けて刃を放つ戦技、この二つの戦技を受けたキメラは白目を剥いて倒れ込む。

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