第546話 何が勇者だ!!

「レイナさん……いや、君はまさか……!?」

「……歯を食いしばれ!!」

「えっ……ぐはっ!?」

「シュン殿!?リル、貴女なにを……」



レイナに詰め寄ろうとした瞬に対してリルは顔面を殴りつけ、瞬は地面に倒れる。予想外の彼女の行動にアリシアは驚くが、そんな彼女を無視してリルは瞬に怒鳴りつけた。



「君のせいでジョカを取り逃した!!言い訳はさせないぞ、君が騒がなければチイはあの女に刺されるなど有り得なかった!!」

「くっ……!?」

「人殺しが悪い事だと!?確かにそれは正論なんだろう、ではな!!今日、あの女を取り逃がした事でこれからどれほどの人間に被害が生まれると思っている!?」



リルは危うく大切な配下を失いかけた事に怒りを抑えきれず、瞬の胸ぐらを掴むと彼を立ち上がらせ、怒鳴りつける。そんな彼女の気迫に瞬は言い返す事も出来ず、リルは続けて言葉を告げる。



「いいか、ここは君の常識なんか通じない!!悪を断つためには時には非常な手段も用いらなければならないんだ!!分かったのならもう、二度と私達の邪魔をするな!!」

「くぅっ……!!」

「君が何と言おうと、私の部下が君のせいで死にかけた!!魔王軍の最高幹部を取り逃がしてしまった!!その事実は変わらない、何が……勇者だ!!私の知っている勇者は君なんかよりもずっと頼りがいのある素晴らしい人だぞ!!」

「リル様、もうそれ以上は……私は平気ですから」



チイはリルの肩を掴むと、彼女はやっと落ち着いたのか瞬を手放し、改めてチイが無事である事を確認して彼女を抱きしめる。憧れのリルから抱きしめられてチイは慌てふためくが、一方で瞬の方は膝を崩す。


自分の判断が間違っていたのかと彼は心の中で迷い、危うく自分のせいでチイが死にかけたという事実と、ジョカを逃がしてしまった事に自責の念を抱く。しかし、そんな彼に対して誰も慰めの言葉を掛ける事が出来ない。全員が心の何処かで瞬の行動に不満を抱いていた。



「違う、僕は……ただ、目の前で人を死なせたくなかったんだ……こんな事になるなんて……」

「瞬君、あの……」

「レイナ君、放っておけ。そんな男は……人を救う勇者の資格はない」

「リル!!それは言い過ぎですよ!!」



リルの言葉にアリシアは口を挟むが、リルは瞬の事を認めるつもりはなく、少なくともレイナならばリル達の行動を止める事はなかっただろう。リルは同じ勇者なのにどうしてレイナと瞬がここまで違うのかと内心では嘆く。


その一方でレイナの方は瞬の態度を見てどうするべきか悩み、ここで声をかけて慰めるべきか、それとも今はそっとしておくべきか悩む。レイナとしては瞬の気持ちも分からなくはなく、人を殺す事が正しい行為だとは思わない。しかし、今回は瞬の正義感が空回りして最悪の事態を引き起こした。



「あの……とりあえず、ここから離れませんか?ここも安全だとは限りませんし、それに俺の力も今日はもう使えませんから……」

「そうだな……また、ジョカが魔物を引き連れて現れる可能性もあるかもしれない。今のうちに場所を移動しよう」

「そうですね、この周辺を徘徊している牙竜も残っているかもしれませんが、ここに留まるよりは安全でしょう。シュン殿、行きましょう」

「あ、ああ……」

「……私達がいればどんな脅威からも守って見せる。だから、今のうちに近くの街に向かおう。アリシアが無事だと知れば戦争も回避されるだろう」



敢えてリルは瞬の事を無視する振舞いを行い、その彼女の態度に瞬は何も言えず、黙って付いていく。アリシアとしてはリルの態度もあんまりだとは思うが、彼女からすれば瞬の行いで自分の大切にする配下の命を失いかけたのだから何も口を挟めない。


結局は険悪な雰囲気のまま、レイナ達は廃村を離れてとりあえずは近くの街に向けて移動を行うために草原へと繰り出す。しかし、村を出た途端、レイナ達は草原の方から大量の帝国兵の騎馬隊が接近している事に気付き、その先頭を走っている女性を見てアリシアは声を上げた。



「あれは……ミーム将軍!?」

「ミーム将軍……?」

「ヒトノ帝国の中でも一、二を誇る将軍だ。彼女が捜索隊として派遣されていたのか……良かった、僕とも顔見知りだ。彼女なら事情を話せば見逃してくれるだろう」

「あれだけの兵士を率いて移動しているという事は、牙竜の脅威がなくなったという事でしょうか?」



ミームは数千人規模の騎馬隊を引き連れて移動しており、仮に近くに牙竜が存在したのならば彼女達の存在を見逃すはずがない。ミームは廃村の方向へ向けて真っ直ぐに移動し、アリシアと瞬の姿を確認して彼女は歓喜の表情と声を上げる。

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