第537話 いざ、ヒトノ帝国へ

――リルの発案の元、ヒトノ帝国へ向かうのはレイナ、チイ、ネコミン、リル、そしてクロミンと決まり、更に移動の間はシロとクロも同行させる。クロミンを除けば最初にレイナがヒトノ帝国へ召喚された時の面子で再びヒトノ帝国へ戻る事になった。


準備を整えた後、レイナ達は王都を急いで離れて牙山を経由し、そして牙路へと辿り着くとそこから先はクロミンの力を借りて移動を行う。黒竜と化したクロミンの先導の元、遂にレイナ達はヒトノ帝国の領地へ再び足を踏み入れる。



「やれやれ、本来は20日は掛かる距離を2日足らずで到着とは……こんなに楽な事はないな」

「全くですね、今までの苦労が何だったのか……」

「これも全部レアとクロミンのお陰」

「そういわれると照れるな……」

「シャアッ!!」

「「クゥ~ンッ……」」



牙路を抜けてヒトノ帝国の領地へと辿り着くと、リルはあからさまなため息を吐き出し、今まで自分達がどれほど苦労して国境を越えてきたのかを思い出すとやるせない。


レイナとクロミンが傍に居る限りは山脈を越えるという危険を犯して辿り着く必要がなくなり、これからは気軽にヒトノ帝国へと訪れる事が出来るという事実に彼女は楽に感じながらも少し釈然としない気持ちを抱きながらも改めてレイナとチイに振り返る。



「レイナ君、チイ、君たちの地図製作が頼りだ。地図を事前に確認しているな?」

「ええ、一応は記録していますけど……」

「ですがリル様、私達の地図製作は実際に一度通った範囲にしか反応は現れません。仮に反応を発見してもそれがアリシア姫かどうか見分けるのは不可能です」

「分かっている。それでも何か見つけたらすぐに報告してくれ。ハンゾウの話によると、二人を乗せた馬車はボウ城と呼ばれる小城の前で倒れていたそうだ。そこまでいけばレイナ君の解析で手がかりを掴めるだろう」

「分かりました。でも、攫われた現場となると警戒もされているんじゃないですか?」

「間違いなく、兵士が配備されているだろうね……最悪の場合、戦闘に突入するかもしれない。その時は覚悟してくれ」

「……分かった」



リルの言葉に全員が緊張した面持ちで頷き、彼女も必死さが伝わる。なにしろアリシアが見つかるかどうかで戦争が回避されるかが決まり、なんとしても帝国が軍を動かす前にアリシアを見つけ出さなければならない。


レイナとしてはアリシアの傍に居たというシュンの事も気がかりだった。勇者であるシュンが傍にいながらアリシアを守れなかったとすると、二人の前に現れた存在はどんな敵なのかも気にかかった。



「リル様は今回の騒動、やはり魔王軍の仕業だとお考えですか?」

「十中八九、いや、ほぼ間違いなく魔王軍の行動だろう。奴等の目的は不明だが、このような騒動を起こす存在は魔王軍以外に考えられない」

「魔王軍……しつこい奴等、何度もレイナに痛い目に遭わされたのにまだ諦めない」

「といっても俺達が魔王軍と接触したのは2回ぐらいだけどね」



ケモノ王国内でレイナ達は「紅血のアルドラ」と名乗った吸血鬼と「グノス」という男と接触している。どちらも結果的にはレイナに敗れて命を落とした事になるが、今更ながらにレイナ達は魔王軍の目的を掴めていない。



「もしもまた魔王軍が現れた場合、今度は俺の力で従えて情報を聞きだそうと思います」

「ああ、そうしてくれると助かる……それにしても改めて聞くと、レイナ君の能力は本当にたいした力だな」

「人の能力値を見抜くだけではなく、意のままに従える、物体を別の物に変換する……もう何でもありだなお前は」

「レイナが良い子でよかった。もしも悪いに人間にそんな能力を持ったら……ぶるぶるっ」

「ぷるんっ(僕の真似かい?)」



仮にレイナの解析と文字変換の能力を悪人が所持していた場合、碌な事には使わないのは間違いない。レイナの能力は下手をしたら歴代に召喚された勇者の中でも特別な力のため、下手をしたらこの世界その物を滅ぼしかねない力を誇る。


仮にレイナが「太陽」「核融合」などの文字変換を行えば現実に星が滅びる可能性もある。最もそんな事をしたらレイナ自身も死んでしまうだろうが、現実に存在する物ならばレイナは作り出せるというのが文字変換の恐ろしさだった。



「シロ、クロ、ここから先は慎重に進むんだ。もしも何か臭いを感じたらすぐに知らせるんだぞ」

「「ウォンッ!!」」

「クロミンも何かを感じたらすぐに知らせてね」

「ぷるるんっ!!」

「あ、ネコミンも何か聞こえたら言ってね」

「分かった……この流れだと私もペット扱いされている気がする」



シロとクロは鋭い嗅覚、クロミンのスライム特融の感知能力、そしてネコミンの優れた聴覚を頼りにレイナ達は周辺を警戒しながらも地図を頼りにボウ城が存在する場所へと向かう。



「常に警戒を怠らないでくれ、既に捜索隊が派遣されて帝国の兵士と出くわす可能性もある。もしも帝国の兵士と遭遇した場合、僕達は旅人だと誤魔化すしかない」

「獣人族である事に気付かれないようにしっかりと耳と尻尾は隠すんだ。ネコミンも不便だろうが、髪の毛に隠しておけ」

「むうっ……こっちの耳が出せないと上手く聞こえないのに」



帝国兵と遭遇した場合はレイナ達は「旅人」だと言い張って誤魔化す予定だが、この時期に獣人族の旅人がうろついていると怪しまれる可能性があるため、前回の時の様にリル達は人間に変装していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る