第534話 戦争が起きたら……

「仮にヒトノ帝国が軍隊を派遣するといっても、牙路と山脈に阻まれて簡単にはケモノ王国には攻め寄せられません。兵糧の運搬だけでも難しいというのに本当に攻めてくるのでしょうか?」

「本当にアリシアが攫われ、しかも王国の仕業だと皇帝が考えている場合は必ず軍隊を派遣するだろう。あの皇帝ならばあり得ない話ではない」

「リル様、もしも帝国が軍を派遣するならば我々もすぐに準備を整えましょう!!」



リルの言葉にチイは王国も軍隊の準備を提案する。先の戦で北方軍はリルの傘下に下った事でケモノ王国の領地内の軍勢は全て手中に収めていた。リルがその気になれば数十万の獣人兵を動かす事が出来るだろう。


だが、仮にもしも戦争になればヒトノ帝国側はケモノ王国側よりも多くの兵数の軍隊を派遣するだろう。その中には魔術師も存在し、苦戦を強いられるのは間違いない。何よりも脅威なのは勇者の存在だった。



「レア君、君に聞きたいことがある。仮に戦争になった場合、君は僕達のために戦ってくれるかい?」

「えっ……」

「恐らくだがヒトノ帝国が軍隊を派遣する場合は勇者も派遣するだろう。そうなると、君は同じ境遇の友人たちと戦う事になる……その覚悟はあるかい?」

「それは……」

「僕としてはもう君の事を大切な友人だと思っているし、ここにいる皆も君の事を信じている。だからこそ聞きたいんだ、君は力を貸してくれるのかを」

「リル、その聞き方はずるい」

「レア様……」



レアはリルの言葉に言い返せず、そんな彼を庇うようにネコミンはリルを睨みつける。しかし、リルとしてもレアが味方として戦ってくれるかどうかが重要な話であるのは間違いなかった。



「正直に言えば……勇者の皆とは戦いたくはないです。でも、戦争になったら勇者も出てくるのなら俺も行きます」

「本当にいいのかい?最悪の場合、君は他の勇者と殺し合うかもしれないんだよ?」

「大丈夫です、その時は俺の能力で何とかします、何とかしてみせます」

「そうか……分かった、意地悪な事を聞いてすまない」



返答を聞いたリルは安心した表情を浮かべ、仮に勇者が現れた場合は対抗できるのは同じ勇者であるレアだけであった。勇者はこの世界においては特別な存在のため、戦う場合は同じ勇者の力を借りるのが妥当だった。


ヒトノ帝国にはまだ二人の勇者が残っており、現時点の実力はどの程度なのかは不明だが、少なくとも勇者である以上は相当に高い能力を所有しているのは間違いない。決して油断できる相手ではなく、出来る限りの準備を整えなければならない。



「仮にヒトノ帝国が動き出すとしてもまだ十分な猶予はある。その間に我々は軍を編成し、迎撃の準備を整えよう。しかし、その前に戦争を回避するためにこの場にいる者に頼み事がある」

「頼み事、ですか?」

「今回の発端はアリシアと勇者の一人が消えた事が原因だ。つまり、この二人を見つけ出して保護する事が出来れば戦争は回避される。つまり、戦争が始まる前にこの二人を見つけ出して欲しい」

「アリシア姫と勇者シュン殿を見つければ戦争は回避できるという事でござるな?しかし、それは難しいと思うでござる。何しろ御二人が消えたのはヒトノ帝国の領地内、他国に忍び込むのは難しいでござるよ」



既にヒトノ帝国内ではミームが捜索隊を率いて二人を探しているが、一向に見つかったという噂は広まっていない。二人がそもそも生きているのかも怪しく、仮に死んでいた場合は戦争を回避する事は出来ないだろう。だが、万が一の可能性があるのならばリルも親友であるアリシアを救いたいと考えていた。



「無茶なことを言っているのは分かる。だが、この場にいる面子にしか頼めないんだ。君たちだけが牙路を抜けてヒトノ帝国に入れるからね」

「牙路を抜ける……なるほど、つまりクロミンに運んで貰うんですね?」

「ぷるんっ?」



クロミンは自分の名前が出た事に不思議そうな表情を浮かべるが、牙路の主にして元々は牙竜亜種であるクロミンならば元の姿に戻れば牙路を抜け出す事は出来る。しかし、仮に牙路を通り抜けて帝国領地内に侵入しても二人の足取りを掴むのは難しいだろう。



「クロミンの力を借りてヒトノ帝国に侵入したとしても、その後はどうやって勇者とアリシア姫を探し出せばいいのでござる?」

「そこは困った時のレア君頼みだ。何か良い方法はないかい?」

「えっ!?いや、そういわれても……」

「あの、もしかしたらですが勇者様を探し出す方法ならあるかもしれません」



話を聞いていたティナが挙手し、彼女の言葉にレア達は驚く。まさか勇者シュンと接点がないはずのティナが探し出す方法を提案した事に皆が驚きを隠せないが、彼女は勇者に関わる御伽噺を語る。



「昔、私がまだヒトノ帝国に暮らしていた頃、勇者様の御話の中に過去を見通す能力を持つ人がいたと聞いています。その勇者は「魔眼の勇者」と呼ばれ、過去や未来を見通す力を持っていたそうです」

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