第528話 同じ勇者なのに……

――即座にケモノ王国へ向けて帝国からの使者としてアリシアと瞬は出立し、数日後にはケモノ王国の牙路近くまで辿り着いた。ここから先は山越えになるため、入念な準備を整えなければならない。


牙路を通過する事が出来れば1日足らずでケモノ王国への領地へと辿り着けるのだが、山越えの場合は少なくとも一週間の時を費やす。山を越えた後も王都まで辿り着くのに相当な日数が掛かるため、帝都から出発して一か月足らずでケモノ王国の王都へ辿り着けると思われた。



「シュン様、慣れない長旅でしょうけれど、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です……と言いたい所ですが、やはりずっと馬車の中に閉じこもるというのはきついですね」

「そうですね、こうして何もせずに過ごすと身体がなまりそうです」



揺れる馬車の中でアリシアはシュンと向かい合うように座り、二人の傍には女性兵も控えている。万が一の場合を想定して二人は先頭車両の馬車に乗り込み、国境付近に存在する帝国の城に馬車は向かっていた。


国境付近には大きな城が3ついくつかの小城が存在し、馬車はそれらを経由して山越えの道を向かう予定だった。ヒトノ帝国とケモノ王国の領地の境目には険しい山脈が存在し、その中でも馬車が通り抜けられる道は限られている。



(全く、陛下は心配し過ぎです。わざわざ勇者様を同行させるなど……ケモノ王国とは長年の同盟国、何を警戒しているのやら……)

(王女様の護衛の任務……といっても、ケモノ王国が霧崎君を保護しているのなら別に心配する必要はないか。茂の話だと霧崎君はどうやら僕達の味方のようだ。早く彼に会ってあの時に庇えなかった事を謝らないと……)



アリシアはわざわざ瞬を同行させる皇帝の気遣いに内心では呆れ、その一方で瞬の方はレアにあった時にどのように接するのか悩む。彼はウサン大臣がレアを処刑しようとしたと聞いたとき、庇う事が出来なかった。



(雛の話だと、雛の命を救ったのは霧崎君だ。どうにか謝らないと……それと、霧崎君が隠している能力が何なのかも気になる)



レアが雛の命を救ったのは紛れもない事実だが、同時に瞬は彼が隠している「能力」が気にかかった。レアは「解析の勇者」と「文字の加護」と呼ばれる能力しか持ち合わせていない。この中の文字の加護の能力は瞬も目にしているが、到底人の命を救える能力には見えない。



(霧崎君はきっと何か凄い能力を隠し持っている。それを隠していた理由は分からないが、もしかしたらこの世界の人間に良いように利用される事を恐れているのか?いや、今は彼に会って直接問い質した方がいい。茂の事を助けてくれたんだ、きっと彼は教えてくれる)



瞬はレアが所有している能力の事が気にかかり、帝国で過ごしていた頃のレアは到底勇者に相応しい能力は持ち合わせていなかった。訓練の時も碌な成績は残せず、本人もその事に悩んでいる節はあった。だからこそレアがケモノ王国に亡命して大活躍したという話を聞いたときは瞬は俄かには信じられなかった。


ケモノ王国に受け入れられた勇者の功績はヒトノ帝国にも広く知れ渡り、今までに誰一人として完全な攻略を果たしていない「巨塔の大迷宮」をケモノ王国の騎士団と共に制覇し、先の内乱ではケモノ王国最強の北方軍を撃退、その後は和解に導き、最近では森の民と呼ばれるエルフ達と接触して彼等と協力関係を結んだと聞いている。



(噂に聞く限りでは霧崎君が相当に大活躍しているらしい……けど、それに比べて僕達は大きな成果を上げられていない。いや、そもそも僕達はここへ来て何か役に立ったのか?)



レアが目まぐるしい活躍の噂が他国にも届く中、他の3人の勇者に関しては特に功績らしい功績は残していない。3人とも類まれな力を身に付けているのは事実なのだが、その中でも一番国に貢献しているはずの瞬もレアの功績と比べると大した成果は残せていない。



(この世界に召喚されてからもう数か月、その間に僕達がした事と言えばレベル上げや大迷宮の探索、それに魔王軍の調査程度……どれもこれもこの世界の人間で事足りる問題ばかりだ)



瞬は大きなため息を吐き出し、自分達がレアと比べて特に大きな功績を上げてない事に落ち込む。実際の所、ヒトノ帝国では勇者が召喚された時は大きな期待を抱かれていた。しかし、よりにもよってヒトノ帝国から脱走した勇者が他国で一番の大活躍をしているという点は色々と問題があった。


決して3人の勇者は能力的にいえばレアに劣っているわけではない。むしろ基礎的な能力はレアを大きく上回っているだろう。しかし、彼等の手元には聖剣などの武具は存在せず、レアと違ってSPに限りがある勇者達は手あたり次第に能力を獲得する事が出来ない。その点で3人の勇者はレアに大きく遅れていた。

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