第527話 皇帝の不満

「陛下、事態は一刻を争うのです。これ以上に無暗に時を過ごせば我が国は追い詰められていくだけです。ここはケモノ王国に謝罪し、交易を再開して薬草と回復薬の流通を申し込みましょう」

「アリシア、事はそんな単純ではない!!ケモノ王国は我が国が召喚した勇者を勝手に取り込み、それを利用して大迷宮の攻略や内乱の鎮圧、更には森の民との関係を改善したという情報まで流れ込んでおる!!そう、我々が召喚した勇者を言いように利用しておるのだ!?」

「それは私のいない間にキリサキ殿を冷遇していた陛下にも責任があるのではないですか!?私は大迷宮に向かう前に忠告したはずです、全ての勇者は平等に扱うようにと!!それを陛下は特に気にも留めずにキリサキ殿を冷遇し、あのウサン大臣に危うく処刑される寸前ではなかったですか!!」

「ぐ、むむっ……」



アリシアは大迷宮に挑む前に皇帝に対して注意を行い、決して勇者を冷遇してはならないと忠告した。彼女は自分達の勝手な都合で呼び出した勇者達に対して気遣い、当時は能力的に他の3人に大きく劣っていたと思われるレアに対しても彼女は気配りを欠かさなかった。


自分達の都合で呼び出した人間を冷遇するなど彼女の信義に反し、皇帝に対しても注意を行う。それなのに皇帝は勇者の対応はウサンに丸投げしたせいで3人の勇者は優遇され、一方でレアの方は一人だけ酷い扱いを受けてしまう。


初日の一件でレアはウサンに恨みを買っていたのを知っていたにも関わらず、皇帝は特に何も行動を起こさなかった結果、今の事態に陥った。



「陛下、今は大国としての誇りに拘る場合ではありません!!魔王軍の被害は日に日に増加しています!!手段を選ぶ暇はありません、ここは決断して下さい!!」

「し、しかしだな……」

「おい、いい加減にしろよおっさん!!俺は霧崎の奴に命を救われたんだ!!だから直接会って助けてくれたお礼と、あの時に助けられなかった事を謝りたいんだ!!」

「私も霧崎君に会いたい!!あの時、霧崎君が助けた事をちゃんとお礼を言いたい!!」

「僕も同じ意見です、雛を助けてくれた事を霧崎君に感謝しないと……」

「ああ、もう分かった分かった!!余が悪かった、すぐに使者を送り込む!!これでよいのだろう!?」



一方的にアリシアと3人の勇者に言い詰められた皇帝も流石に言い返す事は出来ず、再び使者を送り込む決断を行う。その返答にアリシアと勇者達は安堵した表情を浮かべ、これでケモノ王国に向かった「レア」と会える事を喜ぶ。



「陛下、では使者の役目は私にお任せください。リル王女様とは昔から親交がありますので、彼女も私ならば話を聞いてくれるでしょう」

「うむ、其方に任せよう……しかし、聖剣を扱えるお主がいなくなると国の防備に不安が残るな」

「大丈夫ですよ、今は勇者様達もおられます。皆さんにはここに残って貰い、私だけがケモノ王国へ向かいましょう」

「えっ!?アリシアちゃんだけで行くの?」

「俺らは霧崎に会えないのか?」

「申し訳ありませんが、現在のヒトノ帝国の状況を考えると勇者様方は残って貰いたいのです。魔王軍の件もありますので……」



聖剣フラガラッハを扱えるアリシアが帝都を離れるとなると防備に不安があるため、彼女は3人の勇者は今回は国内に残ってもらうように頼む。勇者である3人ならばアリシアが不在時でも帝都の防衛戦力としては十分であると判断し、アリシアは早速準備に取り掛かる。



「では陛下、準備が整い次第に出発します。よろしいですね」

「う、うむ……何か危険を感じたらすぐに引き返すのだぞ」

「大丈夫です、リル様も私が使者と知れば手荒な真似はされないでしょう」



皇帝の言葉にアリシアは頭を下げて退室すると、そんな彼女を見て皇帝は不安を抱く。本当にこのまま彼女を行かせても大丈夫なのかと思うが、国内の人材で彼女以上にリルと親しい間柄の人間はいない。


リルとアリシアは王女と皇女のため、似たような境遇のせいか昔から仲が良かった。リルが国内に訪れる度にアリシアが出迎え、彼女とは親しい間柄だった。だからアリシアならばリルも歓迎してくれる可能性はあるが、不安を抱いた国王は3人の勇者に視線を向ける。



(やはり、誰か一人ぐらいは同行させるべきか……帝都の守備は勇者が二人いれば十分だろう。となると頭も良くて要領が良い者を選ぶとすれば……)



3人の勇者の中から一番の常識人にして知恵も武力も優れた「瞬」に皇帝は視線を向け、彼は止む無くアリシアの護衛役として彼にも同行を頼む事を決めた――






――こうしてアリシアと瞬はケモノ王国への使者として抜擢され、二人は即座に準備を整えるとケモノ王国へ向けて出発する。しかし、その情報を掴んだ魔王軍はこの機を逃さず、ある行動に移る事をこの時は誰も知る由がなかった。

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