第519話 誰を派遣するか

「……確かにここで勇者殿の要求を断れば、我々は恩義を仇で返す事になりますね」

「リョクめ、愚かな真似をしおって……しかし、そうなると誰を派遣すべきか」

「うむ、その事で話し合い。誰か勇者殿と共にケモノ王国へ赴く事は出来んか?」

「そういう事ならば私が参りましょう」



長老の言葉に真っ先にリドが名乗りを上げると、3人とも驚愕の表情を浮かべる。リドは東里を守護する立場であるにも関わらず、勇者と同行してケモノ王国へ渡ると言い出したのだから当然の反応だった。



「リド、何を言っている?お前は戦士長だぞ、無暗に森を離れるなど許されるか!!」

「その通りです、考え直してください!!」

「しかし、今回の一件は私にも責任がある。勇者殿を出迎えておきながら彼の身辺警護を見誤り、暗殺者を部屋の中まで侵入されてしまった。その責任は私にある」

「ふむ、確かに一理あるが……しかし、お主が里を出れば誰が東里の守護を行う?」

「既にその点も抜かりはありません。私の娘のエリナが戦士長の代理として立ててください」

「エリナか……あのおてんば娘に戦士長の座が務まるかのう」



リドの言葉に長老は眉を顰め、彼の娘の事はリドもよく知っていた。弓の腕に関しては父親にも匹敵する事は認めるが、年齢が若いせいか少々無鉄砲な面もあり、戦士長の座を任せる事に不安はある。


だが、戦士長であるリドが森の民の代表として送り込めばケモノ王国側の印象もよくなるだろう。森の民の中でも重要な立場にあるはずの戦士長が赴けばケモノ王国側も無碍な扱いは出来ず、ケモノ王国と森の民の間にあった大きな溝が埋まる可能性もあった。



「長老、どうかこの度の任務は私に任せてください」

「リドよ、お主がそこまで意気込む理由はなんじゃ?勇者殿に対しての恩返しや罪滅ぼしだけが理由ではあるまい?」

「はい、私の目的は勇者殿の役に立つ事、そして彼の傍に仕えているサンです!!」

「なるほど、あの幼子が気になるのか……」

「えっ……幼子?」

「お、お前何を言い出すんだ!?いくら妻に先立たれているとはいえ、まさか少女趣味に目覚めたのか!?」

「ち、違う!!そういう意味ではない!!」



ややこしい勘違いをしたジュキに対してリドは怒鳴り返し、自分の目的はあくまでも恩人のレアの役に立つ事、そして彼の傍に控えるダークエルフのサンを一流の戦士に育て上げたい事を伝える。



「あの娘には大きな才能があります!!早いうちに適切な指導を行えばきっと立派な戦士に育つでしょう!!」

「つまり、指導者としてあの娘の才能を開花させたいという事か?」

「しかし、そんな事をして何になる?いくら育てた所でその娘は勇者殿に仕えているのだろう?我々には何の利益もないではないか」

「いや、リドが話している幼子はダークエルフなのじゃ。勇者殿の話によると身寄りもなく、一人で彷徨っていた所を勇者殿が拾い上げて従者として従えているらしい」

「ダークエルフ!?まだケモノ王国にもいたのですか!!」



ダークエルフの子供と聞いてコノハとジュキは驚き、それほどまでにダークエルフという存在は希少な存在だった。少なくともケモノ王国内にダークエルフが住んでいるという情報は聞いた事もなく、このヨツバの森にも暮らしていない。


リドはサンがグリフォンを乗りこなした時から彼女の才能を見出し、今のうちに指導を行えば彼の知る誰より立派な戦士に育つだろうと確信していた。戦士長であるリドは指導者としても優れており、どうしても優れた才能を持つ人材を目にすると放ってはおけなかった。



「長老、どうか私に行かせてください!!今回の件は良い機会かもしれません、我々もこの機にケモノ王国との関係を改善させようではないですか!!」

「う、うむ……そこまでお主がいうのならば任せよう。だが、任務が終わればすぐに戻ってくるのだぞ?」

「分かりました!!では、この件は私に預けて貰おう!!」

「は、はい」

「あ、ああ……任せたぞ」



他の戦士長の許可を得るとリドは興奮した様子で頷き、すぐに長老の屋敷に泊まっているレアの元に報告へ向かう。その様子を3人は唖然とした表情を浮かべ、見送る事しか出来なかった――





――数日後、無事にヨツバの森から帰還したレア達は王都へと引き返し、森の民を協力を得られた事をリルに伝えた。彼女はケモノ王国と対立関係とまではいかずとも、良好的な関係を築けていたとは言えなかった森の民の協力を得られた事に喜び、後日に訪れた森の民を盛大に出迎えた。


ヨツバの森から派遣されたのは東里の戦士長であるリドと、彼の配下である戦士が十数名、更には農耕技術を身に付けた100名のエルフと転職師の称号を持つエルフが1人訪れた。彼等の協力を経てケモノ王国は本格的に大規模の農耕作業を行う準備に取り掛かる。

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