第518話 各里の戦士長

――北里の戦士長が捕まった日の翌日、南里と西里の戦士長も呼び集められ、長老は彼等を招いて話し合いを行う。捕まった北里は除くが、全ての里の戦士長が集まるなどは滅多になく、せいぜい1年に1、2回しか戦士長が集まる機会はない。



「東里の戦士長、リドが参りました」

「南里の戦士長、コノハが参りました」

「西里の戦士長、ジュキが参りました」

「うむ、皆よく来てくれた……さあ、座ってくれ」



集会所にて3人の戦士長と長老が集まると、彼等は互いに向き合う形で座り込む。病に伏せている族長と北里の戦士長の席は空いているが、これでヨツバの森の代表が集まった。


現在は族長の代わりに長老の「オチバ」がヨツバの森を取り仕切る立場であり、族長の「カレハ」が不在の間は彼が戦士長に命令を与える立場である。



「早速だが、余計な挨拶は抜きにして会議を始めたいと思う。今回集まって貰った理由は二つ、北里の戦士長がこの度に罪を犯して戦士長の座とヨウ家の当主の座から下ろした」

「連絡が来た時は驚きましたが、まさかリョク戦士長が本当に……」

「あの男は昔から怪しいと思っていた。だが、よりにもよって勇者に手を出そうとするとは……愚かな者め、森の民の恥だ」



戦士長であったリョクが罪人となった経緯は事前に他の戦士長にも連絡が行き届いており、戦士長の中では唯一の女性であるコノハは衝撃を受けた表情を浮かべ、一方でジュキの方は鼻を鳴らして不満を露にする。


リョクは性格には問題があったが長年に戦士長として仕えてきた実績があるため、今回の騒動に関しては森の民の間では話題となっていた。一応はヨウ家の親類から新しい当主を選び、今現在は戦士長の座を与えているが、それはあくまでも代理であって正式に認めたわけではない。



「族長が病で伏せている間、正式な戦士長の任命はできぬ。だが、儂自らが信頼を置く相手に今は北里の戦士長の座を与えようと考えておる」

「長老がそこまでおっしゃるのならば……」

「私も異論はありません」



長老の言葉にコノハとジュキは従い、彼等は長老の事を信頼しているので人材の選抜は彼に一任する。その一方で長老は今回戦士長を呼び出したもう一つの理由を語る。



「実は昨日からこの里に勇者殿が訪れておる。儂自ら会って話をしたが、確かに彼は勇者で間違いなかろう」

「それは……本当ですか?」

「勇者が召喚されたという話は聞いておりましたが……」

「事実だ。ここまで案内したのは私だが、あの方の実力は本物だ」



リドが話の間に割り込み、自分が勇者であるレアを連れてきた事、そして彼が本物の勇者である事を認めていた。




――東里を出発する前、レアは暗殺者の男と会わせたときにリドは解析の能力で暗殺者の正体どころか何者の指示を受けて訪れたのかまで見抜いた場面に遭遇している。解析の勇者の名前は伊達ではなく、ありとあらゆる情報を引き出したレアを見てリドは彼が勇者だと信じる。




伝承の勇者は天変地異を引き起こしかねないほどの恐ろしい能力を持ち合わせているらしいが、それに比べたらレアの「解析」の能力は派手さはないが情報収集や尋問などには非常に優秀な能力だった。別に歴代で召喚された勇者全員が圧倒的な強さを誇っているわけではなく、レアの「解析」の力も使いようによっては十分に役立つ。


例えば戦の際には敵兵を捕えれば相手が持っている情報を全て聞き出せ、尋問で痛めつけて情報を吐かせる手間も必要ない。潜入捜査の際でも遠目であろうと情報を持っていそうな人間を解析すれば情報を得るのも容易い。鑑定士の鑑定では調べられない部分までレアは見抜く事が出来る。



「彼の解析と呼ばれる能力の前では隠し事は出来ん。普通に話しているだけでも我々の考えを読み取る事は出来るだろう。だからこそ嘘を吐いたり、相手を騙す事は不可能だと考えた方がいい」

「それは……恐ろしい能力ですね」

「うむ……」

「そう難しく考える事でもあるまい。我々が嘘偽りなく接すれば彼も何も問題はない話じゃ。それでは本題へと入るが、勇者殿を通してケモノ王国が依頼してきた内容だが……」



長老はケモノ王国が森の民の農耕技術に目を付け、勇者を使者として送り込んで力を貸して欲しい旨を戦士長たちに伝える。戦士長たちは今更ケモノ王国が食料の確保のために大規模な農耕を行おうとしている事に呆れてしまう。



「ケモノ王国側の理想は農耕技術を授けてくれる森の民の派遣、それに転職師の力も借りたいそうじゃ」

「転職師を……」

「恐らくは領地内の民衆の中から称号を持つ者を集めて「農民」の称号に変化させ、農耕に加えようとしておるのだろう」

「しかし、農耕技術だけならばともかく、転職師の貸し出しは流石に……」

「確かに普段ならば断わるべき事だろう。しかし、我々は既に勇者殿に大きな借りを作っている。今回の件を断るわけにいかん」



戦士長のリョクによってレアは命を狙われ、更には彼が黒幕であることを暴いていた。命を狙われておきながらも犯人の捕縛に協力したレアの頼みとあれば恩義を重んじる森の民は頼みを断る事は出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る