第517話 暗殺者の服従

「私はこの男の実の息子ですが、愛人との間に出来た子として家族として迎え入れられませんでした。母親は既に亡くなり、私はこの男に暗殺者として育て上げられました」

「き、貴様ぁっ!!」

「黙らせよ」



暗殺者の言葉にリョクは激怒するが、それに対して長老は戦士達に命じて彼を取り押さえる。数人がかりで押さえつけられたリョクは口元を塞がれ、床に押し付けられる。そんな父親の姿を見ても暗殺者の男は今まで心の内側に隠していた気持ちを告げた。



「この男の命令で私はヨウ家にとっては都合が悪い者達を何人も殺めました。命令のままに私は従い続けましたが、この男は勇者殿の暗殺を失敗した事を報告した時は自害を命じました」

「……お主は実の親子ではなかったのか?」

「この男にとっては私は子供ではなく、ただの道具として扱われていたようです」

「愚かな……貴様、それでも誇り高き戦士長か!!自分の子供を犠牲にしてまで権力を守るなど恥を知れ!!」

「ぐぐぐっ……!!」



長老は険しい表情を浮かべ、リドも怒りを抑えきれずに拘束されたリョクを怒鳴りつける。そんな光景を見てレアは暗殺者の男に同情してしまう。もちろん、彼がしてきた頃は許されるこういではない。しかし、元をただせば悪いのは父親であるリョクである。


今まで押し殺していた自分の気持ちを語る事が出来て満足したのか暗殺者の男は清々しい表情を浮かべ、やがてレアに振り返って頭を下げる。どうしてリョクの忠実な暗殺者として育て上げられた彼が裏切ったかというと、レアが事前に暗殺者の男を「服従」させたのが原因だった。




――最初に暗殺者の男が捕まった日、レアは彼の元に訪れて解析の能力を使用して詳細画面を開き、正体を見抜く。その後は文字変換の能力を使用してクロミンの時と同様に状態の項目を「服従」と書き換えた途端、暗殺者の男はレアに従う。


どうやら人間が相手でも「服従」という文字を書き込めばレアに忠誠を誓う事が判明し、現在の暗殺者の主はリョクではなく、レアである。だからこそ彼は主人の命令を受けて長老とリドの前で自分の正体とリョクの本性を話す。




暗殺者の変貌ぶりに関しては実の親から自害を命じられたという事で彼を見限り、リョクを裏切ったという事で長老もリドも納得した。彼等からすれば暗殺者は親から裏切られた哀れな男にしか見えず、自分を殺そうとした親など見限られて当然だと考えていた。



「リョクよ、この暗殺者を送り込んだのはお主で間違いないな?」

「お、お待ちください!!これは罠です、私を嵌めようと誰かが仕組んだのです!!」

「見苦しいぞ、俺はお前のこれまでに行った悪事を全て把握している!!それをここで証言してやろうか!!」

「き、貴様ぁあああっ!!」



リョクは暗殺者の言葉に怒りを覚え、戦士達を振り切って彼の元へ駆けつけようとした。だが、それを見たリドが立ち塞がり、顔面に拳を叩きつける。



「この、愚か者がぁっ!!」

「ぐふぅっ!?」



リドに殴り飛ばされたリョクは地面に倒れ、歯が何本か折れてしまい、鼻血を流しながらも気絶した。その様子を暗殺者は見下ろし、長老は嘆くように顔面を隠す。



「愚か者め……リョク、昔のお前はこんな男ではなかっただろう」

「長老……この者は戦士長の座に相応しくはありません。すぐに牢へ拘束しましょう」

「そうじゃな」



いくらヨウ家の当主であろうと勇者の暗殺を企て、更には積み重ねてきた悪事が発覚すればどうしようもなく、リョクは罪人として拘束された状態で地下牢へと監禁される。そして暗殺者の男も彼同様に捕まるが、彼の場合は同情の余地もあると判断され、拘束はせずに牢に送り込まれた――






――今回の一件でリョクが行った悪行が判明し、彼はヨウ家の当主の座を剥奪される。また、次の当主として選ばれるはずだった彼の子供たちも悪事に加担していると判明し、結果的にはリョクの子供たちはヨウ家の継承権を剥奪されてしまう。


その後のヨウ家は親類の中から次の後継者が選ばれ、長老の判断によって信頼できる人物にヨウ家を任せる事になった。ヨウ家に関わる全員が悪事を行っていたわけではなく、暗殺者の情報から何も悪事を犯していない者を選定し、その中から優れた人材を選んでヨウ家の当主の座を与える。


結果から言えばヨウ家は当主であったリョクと彼の子供たちが追放され、罪人として監禁される。今回の事態にはヨツバの森の住民達に衝撃を与えたが、実の息子を暗殺者に仕立て上げて利用していたというリョクの悪事を聞いて誰も彼に同情する者はいなかった。


こうして北里を治めていたリョクとその子供たちは捕まり、貴族至上主義の大本であったヨウ家がこんな事態に陥ったため、もう貴族だからといって平民出身のリドが戦士長になった事を咎める者もいなくなると考えられた。それと同時にレアは今回の件で協力した事でヨツバの森の民に大きな借りを与えた形となる。

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