第516話 リョク・ヨウ

――北里の戦士長を務めるリョク・ヨウは基本的には細身なエルフの中では珍しく、筋肉質で大柄な男性であった。リョクはリドよりも100才以上も年上で長い時を戦士長を務めている。


リョクは配下を引き連れて中里へと辿り着くと、長老が暮らす屋敷へと立ち止まる。ここから先は一人で入るように促され、彼は配下を置いて屋敷の中へとまぬかれた。



「北里の戦士長、リョクが参りました」

「……よく来てくれたな、リョクよ。しかし、随分と早く辿り着いたな」

「ははっ!!緊急の用件との事ですぐに参りました次第でございます!!」



呼び出しを受けたリョクはまるで事前に用意していたかのように自分の元へ訪れた事に長老は訝し気な表情を浮かべるが、すぐに彼は本題へと入った。



「連絡の通り、お主を呼び出したのはリドの件に関してだが……」

「東里の戦士長が何か問題でも起こしましたか?」

「うむ、実は少し前にケモノ王国からの使者がこのヨツバの森に訪れたらしくてな。リドの奴が応対を行ったのだ」

「ほう」



長老の話を聞いてリョクは口元に笑みを浮かべ、その程度の情報ならば彼は東里に送り込んでいた間諜から連絡は届いていた。そして自分が呼び出された理由に関しても薄々と勘付いており、リョクは笑みを浮かべる。


事前にリョクは自分が送り込んだ刺客から「伝風術」にて連絡を受け取り、既に勇者の暗殺を失敗してしまった事、その件で自分が怪しまれている事は承知していた。リョクは即座に刺客に自害を命じ、あくまでも白を切るつもりだった。



(明確な証拠がなければ儂を捕まえる事など出来ん。ヨウ家の影響力を考えれば長老も事を荒立てるような真似はしないだろう)



内心ではリョクは長老に呼び出された理由を察しながらも表情には出さず、自分は何も知らない風に対応を行う。しかし、そんなリョクの浅い考えなど長老は見抜いていた。



「リドの話によると勇者殿を出迎えたが、東里で勇者が命を狙われた。そして命を狙った暗殺者を捕縛する事に成功したのだ。今、ここに連れてこよう」

「……はい?」

「出てくるがいい!!」



暗殺者を捕縛して連れてきたという言葉にリョクは呆気に取られ、既に自分が自害を命じたはずの暗殺者が部屋の中へと通される。彼の傍にはリドとレアの姿もあり、他にも数名のエルフの戦士が入り込む。


リョクは暗殺者に視線を向けて驚愕の表情を浮かべ、どうしてまだ生きているのかと内心では焦っていた。自分が自害を命じれば迷わずに従うように調教したにも関わらず、暗殺者はリョクの顔を見ても特に何も態度を変えずに振舞う。



「北里の戦士長よ、久しぶりだな」

「り、リド……どうしてお前がここに!?」

「これはおかしなことを言うな。私はこの勇者殿をここまで連れてきたのだぞ?ここにいるのは当たり前だろう」

「あ、どうも……今代の勇者のレアと申します」

「ゆ、勇者……!!」

「どうしたのだリョクよ、顔色が悪いようだが……何か気になるのか?」



自分の元に現れたリドとレア、更には暗殺者の顔を見てリョクは顔色を変え、自分が嵌められたと気づく。しかし、まだ言い逃れが出来る状況だと判断した彼は暗殺者を睨みつける。



(おのれ、貴様……儂を裏切ればどうなるのか分かっているだろうな?)



自分の息子でありながらリョクは彼を暗殺者として育て上げ、あくまでも自分の忠実な僕として育て上げた。そんな彼が自分の命令に従わず、この場に現れた事に怒りを抱く。


しかし、普段ならばリョクに睨みつけられれば怯えるはずの暗殺者も心ここにあらずという態度でリョクに視線を向け、その冷たい目を見てリョクは戸惑う。



「お、お前……」

「……長老、リド戦士長、私はこの男に命じられて勇者殿の暗殺を企みました」

「な、何だと貴様!?」

「……ほう」



とんでもない事を言い出した暗殺者にリョクは激高するが、その言葉を聞いて長老とリドの顔つきが変わり、即座に数名のエルフの戦士がリョクを取り囲む。自分を取り囲んだ戦士達を見てリョクは顔色を変え、流石にこの場で暴れるのはまずいと判断した彼は長老に抗議を行う。



「でたらめです!!儂はこんな男の事など存じません、長老!!騙されないでください!!」

「ふむ、リョク戦士長はそう言っているが……お主、その言葉は真か?」

「はい、間違いなくこの男に直々に命じられて私は勇者殿の命を狙いました」

「おのれ、貴様!!」

「リョク戦士長!!何をされるおつもりですか!?」



リョクは暗殺者の男を黙らせようとするが数人のエルフの戦士に阻まれ、彼は憎々し気な表情を浮かべる。自分がわざわざ育ててやったというのに主人を裏切った暗殺者に対して殺意を剥き出しにするが、暗殺者の方はそんなリョクを睨みつける。


自分を裏切った暗殺者を見てリョクは憤り、今すぐにでも殺したい気分に駆られるが下手にそんな真似をすれば言い逃れは出来なくなる。だが、黙っている間にも暗殺者は語り始めた。

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