第510話 精霊術

――早朝、レアはを整えるとリド達と共に中里へ向けて出発した。リドの先導の元、森の中を突き進みながらもここでレアは違和感を抱く。事前に聞いていた話ではヨツバの森には多数の危険種が生息するという話だったが、移動中に魔物を見かける事はあっても襲われる事はなく、順調に進んでいた。


現在のレアは魔除けの石は装備していないため、休憩中にリド達がその手の類の魔道具を所有しているのかと尋ねた。リドによるとグリフォンは残念ながら魔除けの石が放つ魔力の波動は訓練しても受け付けられず、そのために移動の際はリドが魔物の気配を感じない場所を選択して移動を行っていたという。



「我々は精霊術と呼ばれる魔法を扱えます。精霊の存在はご存じですか?」

「精霊……いや、知りません」

「我々の目には見えませんが、精霊と呼ばれる存在は世界中の何処にでも存在します。そして私は風の精霊の力を借りて魔物が存在する場所を事前に教えて貰っているのです」

「そうなんですか?」



リドの話によると森の民のエルフは全員が「精霊術」と呼ばれる特殊な魔法を扱えるらしく、精霊と呼ばれる存在を使役し、魔法以外にも様々な補助を行ってくれる存在だという。


例えば彼等が扱う「魔弓術」や「伝風術」も風の精霊の力を借りる事で発揮していたらしく、この精霊術を扱える者でなければどちらも扱えないらしい。また精霊術を扱えるのは決して森の民だけではなく、人魚族などの一部の種族も使用する事が出来ると説明してくれた。



「精霊は魔法の属性と同じく7つの種類が存在します。風、火、水、雷、地、聖、闇……精霊は環境によって存在する場所が違います。例えば火の精霊は火山地帯や炎が燃えている場所にはよく出没しやすく、闇の精霊は暗闇や光が差さない場所ならばいくらでも湧いて出ます。そして森の民が扱えるのはこの風の精霊のみです」

「うわっ!?風が……」

「きゅろっ!?」

「ぷるるんっ!?」



レア達の目の前でリドは掌を差し出すと、風が集まって渦巻のように変化し、掌の上に小規模の竜巻が誕生する。これも精霊術らしく、風の精霊の力を借りれば無詠唱でも魔法が扱える事をリドは証明した。


精霊術を扱えるからこそ森の民はこれまでに外部の侵入者を撃退してきたらしく、この力は非常に有能で決して他の種族が真似できる力ではない。その一方で精霊術を悪用する輩がいた場合、これ以上に厄介な敵はいない。



「精霊術を悪用するなど、本来ならば許されない行為です。だから我々も私利私欲の目的で精霊術を扱う事は禁じられています」

「なるほど、そういう事だったんですね。あれ、でも魔除けの石がないなら集落の守護はどうなってるんですか?魔物に襲われるんじゃ……」

「はははっ、大抵の魔物は我々を見れば逃げ出しますよ。仮に現れたとしても村に暮らす者は全員が戦士です、返り討ちにしてやりましょう」



昨日にレアが泊った東里は人間の街と違って魔除けの石などで守護されているわけではなく、村人が魔物を追い払って暮らしているらしい。最も小さな子供でも精霊術を扱えば立派な戦力のため、並大抵の魔物は里に近付く事すらないという。



「さあ、そろそろ出発しましょう。間もなく、中里へ辿り着きますよ」

「はい、じゃあ行こうかサン、クロミン」

「待って、クロミンがまだご飯を食べてる」

「ぷるぷるっ……(やっぱり真水が一番!!)」



サンは皿の上に乗せた水をクロミンに与え、彼が飲み終えるまで待つ。そんなサンの頭の上にレアは手を置いて撫でまわし、その様子をリドは黙って見ていた――






――時刻は昼を迎えた頃、遂にレア達は中里と呼ばれる場所へと辿り着く。最初にレアが中里を見て驚いたのは里が存在する場所だった。中里は大きな湖の中心に存在する「島」の上であり、しかも島の中央には天にも届くのではないかという巨木が生えていた。


最初にそれを見たレアは驚きを隠せず、その様子を見てリドは誇らしげに答えた。レアが目にした巨木こそがこの世界の「世界樹」と呼ばれる世界最大級の樹木である事を語る。



「見てください、あれが世界樹です。我々、森の戦士でも迂闊に近づく事は許されない神聖な大樹です」

「世界樹……あれが?」



名前ならば何度か耳にした事があるが、世界樹を目撃したレアは驚きを隠せず、恐らくではあるが全長は1000メートルを超えているであろう大樹を見て唖然とする。一方でサンとクロミンの方も目を丸くし、その様子を見て森の民は誇らしげな表情を浮かべた。



「さあ、里へ参りましょう。ここから先はグリフォンを飛んでいかなければならないのでご注意下さい」

「あ、はい」

「きゅろっ、サンがグリフォンを飛ばせる!!」



リドの言葉にサンはレアと座る位置を変わると、グリフォンに命じて空へと飛びあがる。子供とはいえ、グリフォンを巧みに操る姿に森の民の戦士達はサンの才能に驚かされ、同時にリドは増々サンを鍛え上げたいという欲求を抱く。

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