第509話 ヨウ家
「あの侵入者の男の身体を調べたところ、ヨウ家の家紋が刻まれた武器を持っていました。恐らくはあの男はヨウ家の人間である事は間違いないのですが、残念ながらそれだけでは証拠は薄いでしょう」
「どうして?家紋が刻まれてるんでしょう?」
「恐らく、あの男を突き出したとしてもリョクの性格を考えればすぐに切り捨てるでしょう。武器に関しても自分を嵌めようとする何者かの仕業だと言い張るはずです。あの男が容疑を認めれば他の人間も信用してくれるのでしょうが、生憎と口を割る様子はなく……」
「そうなんですか……」
リドの話を聞いて彼が嘘を吐いていない事を知ったレアは安心した表情を浮かべ、そんな彼の反応にリドは戸惑う。てっきりリドはレアから命を狙われた事を責め立てられると覚悟していたが、当のレアはリドが本当の事を話してくれた事で逆に彼を信用した。
今回の件の仕業はリドのせいではなく、リドの存在を快く思わぬ輩の犯行だと知ったレアはここで疑問を抱く。リドの話を聞く限りだとリョクという男はレアの存在を知って勇者である彼を死なせればリドの責任が擦り付けると判断したのであれば、どうやってリョクはレアの存在を知ったか気になった。
「どうしてリョクという人は俺がここへ来たのを知ったんですか?ここから北里まではどのくらいの距離があるのか分かりませんけど、意外と離れていないんですか?」
「いや、ここから北里まではグリフォンであろうと往来するのには相当な時間が掛かります。恐らくですが、あの男は伝風術を使えるのでしょう」
「伝風術……?」
「口で説明するよりも実際に試した方が分かりやすいと思いますので、少々お待ちください」
聞きなれない言葉にレアは疑問を抱くと、ここでリドは筒のような物を取り出す。そして彼は部屋の隅の方に移動を行うと、両手で筒を掴んでレアの顔に構える。まるで吹き矢のように自分に筒を構えたリドに戸惑うが、次の瞬間にレアの耳元に声が響く。
『勇者殿、聞こえますか?』
「うわっ!?」
リドの声が耳元に囁かれたかのような感覚に陥ったレアは慌てて振り返るが、そこには誰もいない。改めてリドの方に視線を向けると筒を構えた状態の彼が立っており、どうやら先ほどの声はリド本人の物だと思われた。
距離が開いているにも関わらず、自分の耳元で囁きかけるかのように声を伝えてきた彼に驚き、レアは何が起きたのかを尋ねる。リドは木造製の筒を手にすると、森の民だけが扱える伝達方法を教える。
「これは我が森の民にのみに伝わる「伝風術」と呼ばれる伝達魔法です。このような筒を使用し、風の魔力を上手く込める事で筒の中の声を風の力を利用して遠方の相手に伝える技術なのです」
「そ、そんな事も出来るんですか?」
「自慢ではありませんが、我々が扱う魔弓術と伝風術は他の種族では真似できない魔法技術です。この伝風術は正確な相手の位置を掴む事が出来ればどれだけ距離が離れようと声を伝える事が出来るのです。但し、もしも進路方向に大きな障害物が存在した場合は風が搔き乱されて消えてしまいますが……」
「な、なるほど……」
「それとは別に目的の相手に届く前に偶然にも他の人間が風に触れてしまえばその内容を聞かれてしまう恐れがあります。なので伝風術を扱う際は慎重に行動しなければなりませんが、逆に言えば条件さえ達成すればどんなに遠くに存在する相手でもすぐに連絡が取れることが出来ます」
「そうなんですか、それは……凄いですね」
リド曰く、伝風術は自分の声を風の塊の中に抑え込んで相手に送り込む技術らしく、この風の塊に触れる事が出来ればまるで耳元に囁きかけるように声が届くという。恐らくだが、シンという暗殺者は最初からレア達の周囲を嗅ぎまわり、勇者であるレアの存在を北里に暮らすリョクに連絡を伝えたと考えられた。
リョクは勇者であるレアを殺せばその責任は彼を守り切れなかったリドに擦り付けられると判断した。森の民にとって勇者は特別な存在であるため、いくら戦士長でも厳罰は免れない。それを利用してリョクはリドを戦士長の座から下ろすためだけに行動したのだろう。
レアが気になったのは実の息子を暗殺者に育て上げ、仮にも同族で同じ仲間であるリドを嵌めようとした事実に怒りを抱く。しかも自分を殺して彼を追い詰めようとするやり方に我慢ならず、レアはリョクをどうにかする事は出来ないのか質問した。
「そのリョクという男に対してリドさんはどうするつもりですか?」
「一先ずは捕まえたあの男を中里へ送り込み、族長と長老に報告を行うつもりです。幸いにも今回は暗殺者を死なせず、勇者殿もこうして生きていますし、奴を責め立てる絶好の好機です。最も、リョクを味方する者も多いので今回の件だけでは奴を追い込むのは難しいでしょうが……」
「……あの、良かったらさっきの人に会わせてくれませんか?」
「え?それは構いませんが……」
レナの言葉にリドは戸惑い、彼が何をするつもりなのかと戸惑うが、言われるがままに従った――
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