第507話 エルフの農耕技術

――その日の晩はリドの自慢通り、エルフが作り出した農作物の料理が用意され、彼の言った通りに果物も穀物も米に至るまでケモノ王国で流通されている代物よりも非常に美味しく、栄養も高そうだった。


食事を行う前にレアは東里に存在する畑や農園の方も見学させてもらい、世話を見るエルフの中には「農民」の称号を持つ者もいた。彼等から話を聞くと、農民の称号を持つ者が持たない者が育てる農作物には大きな違いがある。



『農民の称号を持つ者が管理する果物や野菜は育ちが早くて味も美味いんだが、常にそいつらが世話をしていないと駄目になっちまうんですよ。例えば、農民が育てた植物を他の奴に任せようとすると、数日ですぐに枯れちまうんです』

『逆に農民ではない奴が育てていた物を農民が管理するようになると急に成長速度が増して立派な物に仕上がるんです。普通だったら時期外れの果物まで育て上げる事も出来ますからね』



エルフから直接話を聞きつけたレアは農民の称号は「生産職」に特化し、生産に関わる能力に優れている事を改めて思い知らされる。また、戦闘職や魔法職の人間と違って彼等はレベルの高さに応じて能力が高まるのではなく、最初から高い能力を所持しているという。


この場合の能力とは戦闘に関する能力ではなく、称号に見合った能力の事を指す。農民の場合はレベルが上げずとも最初から「育成」という固有スキルを所持している。この育成は主に農作物の育成を早める効果を持ち、この固有スキルのお陰でどんなに劣悪な環境だろうと彼等は農作物を育て上げる事が出来た。



(やっぱり、農民の称号を持つ人間は凄いんだな……それに割とエルフの中には農民の称号を持つ人も多いんだ)



その日の晩、レアは布団の上で考え込み、彼の隣にはサンがクロミンを枕にして眠っていた。最初は別々の部屋を用意されたが、サンが勝手にレアの部屋へ訪れ、寝付いてしまった。いつもはこんなに甘えん坊ではないのだが、昼間のサンドワームの件から彼女はレアの傍から極力離れなくなった。



「きゅろろっ……レア、ずっと一緒に……」

「よしよし……大丈夫、俺はここにいるからね」

「ぷるるんっ……(お、重い……ZZZ)」



サンの頭を優しく撫でながらレアは彼女の様子を観察し、もしも自分が元の世界に戻る時、別れる事を告げたら彼女がどう反応するのかと胸を痛める。この世界に来て既に数か月の時が流れ、こちらの世界の数多くの人間とレアは関りを持っていた。



(リルさんたちは俺を元の世界に返すために協力してくれるけど、今の状態で俺が帰ったらこの国はどうなるのかな。それに茂君達の件もあるし……)



レアがケモノ王国へ訪れた理由の半分は元の世界へ引き返す方法を見つけるためだが、その前にはやる事はいくらでも存在した。まずはヒトノ帝国に残した3人との合流、その他にも魔王軍の事もある。


仮に元の世界に戻れる方法があったとしても今すぐには帰れず、色々な問題を解決しなければならない。だが、全ての問題を解決した時、レアは本当に元の世界に帰れるのか分からなかった。



「レア、皆、ずっと一緒……」

「……大丈夫、大丈夫だよ」



自分の身体に抱き着いてきたサンに対してレアは優しく抱き返した時、ここでレアの「魔力感知」が発動する。何者かがこの部屋に近付いている事に気付き、不審に思ったレアは布団の傍に置いていたフラガラッハに手を伸ばす。


何者かは部屋の扉の前で立ち止まり、音と気配を完全に絶った状態だった。仮にレアが魔力感知の技能を覚えていなかった気づく事は出来なかっただろうが、既に接近に気づいたレアはフラガラッハを握りしめて戦闘態勢を整える。



「……誰だ!?」

「きゅあっ!?」

「ぷるんっ?」

『っ!?』



相手が何かを仕掛ける前にレアは声を上げると、サンとクロミンは目を覚まし、一方で扉の前に存在する人物も驚愕の反応を示す。しかし、すぐに相手は扉を開くと、全身を黒色のローブで身を隠した何者かが入り込む。



「ちぃっ!!」

「このっ!!」



侵入者は両手に短刀を掲げ、レアに向けて右手の短刀を投げつけると、それに対してレアはフラガラッハで弾く。その隙にもう片方に握りしめた短刀を侵入者は繰り出すが、それに対してサンがクロミンの身体を掴んで援護を行う。



「クロミン、みずてっぽー!!」

「ぷるっしゃああっ!!」

「ぐぼっ!?」



クロミンの体内から夕飯の際に彼が食していた井戸水が吐き出され、侵入者の顔面に衝突し、怯ませる事に成功した。その隙を逃さずにレアは接近すると、右腕を振りかざして掌底を繰り出す。



「だあっ!!」

「ぐはぁっ!?」



フラガラッハを所持したレアは限界まで攻撃力が強化されているため、彼の掌底を喰らった侵入者は強烈な一撃で吹き飛び、壁を破壊して建物の外にまで吹き飛ばされる。騒ぎを聞きつけたのかリドと屋敷の使用人たちが駆けつける。

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