第506話 サンとサンドワーム
「きゅろろっ……」
「サン……しっかり掴まってて」
サンドワームの背中を渡り切るとレアはサンの様子に気付き、彼女の身体を抱き寄せる。その後に他の者達も続くと、やがて残されたのは肉に嚙り付いたサンドワームだけであった。
自分を橋代わりに利用された事に気付いていないのか、サンドワームは肉を食いつくすとゆっくりと身体を戻し、岩壁の中に戻っていく。その様子を見ていたサンは初めて見た家族以外の同族に対して何か言いたげな表情を浮かべる。しかし、その前にリドが口を挟む。
「では参りましょうか勇者殿、もうすぐ東里に辿り着けます」
「あ、はい」
「……きゅろっ」
「ぷるるんっ……」
クロミンはサンを慰めるように彼女の頭の上に移動すると、触手を作り出して頭を撫でる。するとサンはくすぐったそうな表情を浮かべ、クロミンの身体をぷにぷにとつつく。
「東里までもうすぐです。今夜は里に泊まり、明日には中里へ辿り着けるでしょう」
「中里?」
「長老や族長に認められた者だけが暮らす事が許される場所です。普段は我等も立ち入りは禁じられていますが、勇者殿ならば問題はないでしょう」
「そうなんですか……」
明日の朝に遂に森の民の上の立場の者と会う事にレアは緊張し、自分の交渉によってケモノ王国の未来に大きく関わるといっても過言ではない。その事を自覚したレアはまずは身体をゆっくりと休ませるため、リドの案内の元で東里へと向かう――
――リドが案内した東里は集落というよりも「砦」と想像させる大きな建物にエルフは暮らしていた。周囲を木造製の壁で覆い込み、四方には櫓も設置していた。砦というよりも一つの城といった表現が近く、リド達が戻ってくると数十人のエルフの戦士が出迎える。
「戦士長!!連絡も無しにお戻りとは何事があったのですか!?」
「むっ!?人間?どうして人間がここに……侵入者を捕縛したのですか?」
「ダークエルフもいるぞ、どうなってるんだ?」
エルフ達は急に戻ってきた戦士長のリドの姿を見て驚き、しかも彼が連れているのは人間の少年とダークエルフの少女、更には黒色のスライムと気づいて驚く。そんな彼等に対してリドは一括した。
「愚か者!!この御方はケモノ王国の勇者だ!!人間だからといって無礼な態度を取る事は許さんぞ!!」
「ゆ、勇者!?」
「あの噂に聞く勇者か……」
「腕が立つけど女たらしで有名なあの……」
勇者という言葉にエルフ達は驚き、女性のエルフの中にはレアが複数人の女性と関係を結んでいるというリルが故意に流した噂を耳にした者もいるらしく、頬を赤く染めて身体を隠す者もいた。
自分に関する噂などあまり気にしなかったレアだったが、こういう時に限って女好きという噂を流したリルに対して少し恨めしく思う。実際の所はレアは他の女性と肉体関係などなく、そもそも基本的には女性の姿で過ごしているので事実無根な噂である。
「戦士長、その少年は本当に勇者なのですか?私の眼には普通の子供にしか見えませんが……」
「彼の力はこの目ではっきりと確認している。言っておくが試すような無礼な真似をするなよ、もしもそんな事をすれば私自身が罰するぞ!!」
「は、はい!!」
レアの姿を見て只の人間の少年にしか見えないエルフの戦士が疑問を問いかけるが、そんな彼に対してリドが厳しく叱りつける。相手が勇者とあれば人間であろうと丁重に扱わなければならず、無礼な態度は許されない。それがヨツバの森の掟でもあった。
「さあ、勇者殿。今夜は私の屋敷に泊まって下さい。何もない所ですが、どうぞごゆっくりください」
「ありがとうございます。じゃあ、行こうかサン」
「サン、お腹空いた……あむあむっ」
「ぷるるんっ(だからって僕に嚙り付くなよ)」
クロミンの身体に甘噛みするサンに対し、とりあえずレアは彼女に食事を与えるように頼む。何だかんだで移動だけでも数時間は経過しており、レアもサンもお腹が空いていた。それに気づいたリドは朗らかに笑う。
「ははは、ではすぐに食事を用意させましょう。先ほどは何もない所と言いましたが、この地で取れる農作物に関してはケモノ王国の物よりも優れている自信はあります。今日はエルフの国に伝わる料理をご用意しましょう」
「本当ですか?ありがとうございます」
「やった!!」
リドの言葉にレアは感謝し、サンも嬉しそうにはしゃぐと彼は自分の屋敷へと向けて案内を行う。東里の管理を行っているのはリドらしく、彼は戦士長の位に就いているが実を言えば他にも3人ほど戦士長の座に就く人間がいるという。
東西南北に存在する里は4人の戦士長が管理を任され、この東里はリドの管理下にある里だという。彼は一見は中年男性に見えるが、実年齢は200才近くの戦士である。エルフは人間よりも長寿のため、外見と実年齢は合わない事も珍しくはないらしい。
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