第498話 森の民

「なるほど、確かに大迷宮の付近は村や街もありませんし、それに出現する魔物の数も他の地方と比べても少ないですからね。農耕には最適な場所かもしれませんが……問題はケモノ王国では農耕の技術がヒトノ帝国と比べても低い事です」

「獣人族の中には農民の称号を持つ者は少ないのも農耕が発達しなかった理由の一つでもあるな。人間と違い、獣人族は大抵は戦闘職の称号を得る事が多い。農民の場合の称号を持つ者は人間と比べれば少ないだろう」

「具体的にはヒトノ帝国はどれくらいの農民の称号を持つ人がいるか分かりますか?」

「そうですね、少なく見積もっても1万人ぐらいですかね。基本的に称号を授かる人間は100人に1人、その中で農民の称号を持つ人間は1000人に1人と考えるとそれぐらいはいるでしょうね」



ヒトノ帝国は世界一の大国であるため人口は1000万人を超える。一方でケモノ王国の場合はその5分の1の200万人にも満たない。国内に農民の称号を持つ人間がいるとしてもせいぜい100人にも満たないだろう(人間と違って獣人は戦闘職の称号持ちの比率が高くなるため)。



「土地はあっても肝心の農耕を行うには人手と時間が必要だ。仮に国中の農民を集めたとしても他の国の支援分の食料を農作物で補うには相当な時間が掛かるだろう」

「それならば他国から農民を引き抜きするのはどうでござるか?拙者の和国には農民の称号を持つ人間も多かったと思うでござる」

「う~ん、ケモノ王国は周囲が山で覆われていますからね。他の国から農民を探し出して見つけ出すのも苦労しそうですね」



ケモノ王国がこれまでに外国から攻め寄せられる機会が少ないのは国の周囲が険しい山脈に囲まれているからであり、逆に言えばこの山脈が国を守る盾であるのと同時に外交の妨げにもなっていた。


そもそも他国としても「農民」は農耕には必要不可欠な存在のため、大切に取り扱っている。そのために引き抜きなどしようものなら余計な諍いを生み出す可能性もあった。しかし、ハンゾウの言う通りにケモノ王国と友好的な関係を築いている国家から農民を貸し出す事は悪い案ではない。



「和国の方には使者を送って農民の称号を持つ人間をこの国に移住出来ないのか相談してみよう。国内の全ての街に連絡し、農民の称号を持つ者を王都へ集めるように手配する必要もある。他に打てる手立てがあるとすれば……森の民に力を借りるしかないな」

「ええっ!?本気で言ってるんですか!?」

「森の民?」



レイナは森の民という初めて聞く単語に不思議に思うと、リリスとハンゾウは驚愕の表情を浮かべる。自分以外の者は森の民の事を知っているらしく、いったい何の話をしているのかを問う。



「何ですか、その森の民というのは?」

「森の民はケモノ王国に存在するヨツバの森と呼ばれる樹海に暮らすエルフの通称だ。彼等はエルフの中でも特異な存在で全員が称号を所有し、更には「転職師」と呼ばれる称号を持つエルフもいるはずだ」

「転職師……?」

「名前の通りに称号を別の称号へと変化させる事が出来る称号ですよ。ちょっとややこしいですが」

「例えば騎士の称号を剣士に変換したり、槍騎士を盾騎士に変化する事も出来るでござる」



森の民とはケモノ王国内に存在する「ヨツバの森」と呼ばれる場所に暮らすエルフの事を指し、リル曰く彼等は他の人間の称号を変化させる「転職師」と呼ばれる称号を持つエルフがいるはずだと予測していた。



「森の民は森の外には出る事はなく、完全な自給自足で暮らしているはずだ。彼等は緑の自然と共に生き、森で得られる恵みだけで生活していると聞く。そして資料によると彼等は農耕も行っているそうだから専門知識も豊富だろう。きっと、農民の称号を持つエルフもいるはずだ。そして何よりも彼等の中には「転職師」も存在する」

「なるほど……森の民から農耕技術を教えて貰い、ついでに転職師の力を借りて農民の称号を増やそうという考えですね」

「ああ、称号を持つ人間の中には他の称号に変わりたい者も多い。本当は戦いが嫌いなのに戦闘職の人間として生まれ、称号に見合った職業にしか就けずに困っているに逃げんもいるだろう。そこで森の民の出番という訳だ」

「確かに一石二鳥でござるが……しかし、森の民と接触するのは危険過ぎるでござる」

「危険?どうして?」



ハンゾウの言葉にレイナは不思議に思い、どうして森の民とやらに力を借りる事が危険に繋がるのか分からなかった。だが、エルフの血も混じっているリリス曰く、森の民と呼ばれるエルフは普通のエルフとは違って特異な存在だという。



「森の民はケモノ王国が建国される前からヨツバの森と呼ばれる樹海に暮らしていました。しかし、ケモノ王国が建国された時に初代国王が森の民に対して税と貢物を要求してきたんです。この国は自分達の物になったのだからお前らも従えと暗に伝えようとしたんですね。それが悲劇の始まりでした」



リリスによるとリルの先祖にしてケモノ王国の初代国王のせいで森の民の怒りを買い、とんでもない事態が引き起こされたという。

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