第493話 勇者の返却

――玉座の間にてリルは険しい表情を浮かべ、自分の前で跪く帝国からの使者を見下ろす。帝国から派遣された使者はリルに睨みつけられても平然とした表情を浮かべ、自分達の国が大国である事を主張するように語り掛ける。



「リル王女様、我が国は召喚した勇者様は何時頃にお返しさせて貰えますかな?いくら同盟国といえど、我が国が召喚した勇者様を独占されては困りますな」

「言っている意味が分からないな……勇者は自分の意思で我が国に亡命したのだ。それを理解した上での発言か?」

「おっと、これは失敬……しかし、亡命とは物騒な言葉ですな」



リルに対して使者の男は肩をすくめ、その態度にリルの傍に控えていたチイは苛立ちを抱き、ネコミンも珍しく不満そうな表情を浮かべる。一方でリリスの方は早く帰ってくれないかという表情を浮かべ、その隣に立つティナは明確な敵意を抱いていた。



「何を勘違いしているのかは知らないが、勇者様がこの国に訪れたのはそちらの国で自分が殺されそうになったからだと聞いている。其方の国の大臣が一方的な理由で勇者を拘束し、処刑しようとしたので自分は国から抜け出すしかなかったという報告を受けているが、それに関してはどう説明する」

「……確かに我が国の不祥事で勇者様には大変なご迷惑をお掛けした事は認めましょう。しかし、その件の大臣は既に身分を剥奪して追放済みでございます」

「追放?随分とぬるい罰だな、世界を救う存在に手を掛けようとしたのだ。首を斬って差し出すのが道理ではないのか?」

「ご、御冗談を……」



使者はリルの言葉を聞いて冷や汗を流し、最初は国王ではなくリルが対応とする聞いたときは彼等は少女が相手だと思って気を抜いていた。しかし、ガオの死を乗り越えて一段とこの国の頂点に立つ者として自覚したリルの気迫はすさまじく、余裕を保っていた使者たちも焦り始めた。


今回訪れた使者の用件は簡単に言えばケモノ王国に亡命した「勇者レア」の返却を求めてきた。自分達の不始末でレアに逃げられたというのに今更戻ってこいなどと都合の良い事を告げる使者に対してリルを始め、他の面々を怒りを抱く。それでも相手は同盟国の使者という事もあって無碍には出来ず、リルは表向きは冷静に対処する。



「それで使者殿、帝国は勇者殿にどうしてほしいのだ?」

「ど、どうしてほしいとは?」

「あくまでも仮の話だが、勇者殿を連れ帰って帝国は何をするつもりなのかと聞いている。今回の勇者召喚は魔王軍に対抗するため、執り行われたという話は聞いている。しかし、勇者の力を借りずとも帝国ほどの大国ならば魔王軍などという組織は自力で何とか出来るのではないのか?」

「そ、それはどうでしょうか……実を言えば魔王軍による国内の被害は日に日に増しており、もう帝国だけではどうしようもない状態なのです。だからこそ、勇者様の御力をお借りせねばならず……」

「なるほど、つまりヒトノ帝国は魔王軍という存在に手を焼いて勇者殿の力を借りたいという事か……あの帝国がそこまでいうのだから余程魔王軍という存在は厄介なっ組織なのだろうな」

「そ、そうですな……」



嫌味たらしく大国の癖に自分達の領地で暴れる組織もどうにもできないのかとリルは暗に乏し、それに対して使者は忌々し気な表情を浮かべる。だが、帝国が勇者を召喚した真の理由を明かすわけにはいかず、彼女の話に合わせるしかなかった。


帝国が勇者召喚を行った真の理由は戦力の強化であり、ウサンが健在だった頃は異界から呼び寄せた勇者を帝国の戦力に取り込み、魔王軍を殲滅した後は行く行くは勇者の力を利用して他国を攻め寄る予定であった。


だが、勇者召喚を提案したウサンは既に姿を消してしまい、肝心の勇者の一人が帝国から離れ、しかも魔王軍の行動が活発的になった事で帝国は思わぬ危機を迎えていた。この窮地を脱するためにはケモノ王国に迎え入れられた勇者を呼び寄せる必要があると判断し、使者が送り込まれる。



「き、聞くところによると勇者様は先のケモノ王国の内乱では大活躍し、戦の終結に尽力をされたと……そして噂によると勇者様の手元には聖剣があるとの事ですが、それは真でしょうか?」

「ふむ、確かに先の戦では勇者殿は大変素晴らしい活躍をしていた。そして聖剣がどうかは分からないが、我が国では巨塔の大迷宮を制覇した時に勇者殿は特殊な武器を手に入れた事は認めよう」

「ほっ本当ですか!?」

「勇者殿が聖剣を所持している噂は本当だったのか……!!」



リルの話を聞いた使者たちは動揺を隠せず、聖剣はこの世界でいう所の「兵器」に等しく、しかも勇者が扱えるという点でヒトノ帝国側にとっては大きな脅威だった。なにしろ全ての聖剣は元々は勇者のために制作された武器のため、その聖剣が今代の勇者の手に渡ったとなれば他国にとっては無視して良い話ではない。

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