第490話 ガームの治療
――致命傷を負ったガームを治療するため、軍団長は降伏を条件に北方軍の元へと訪れる。ガームが亡くなれば国にとって大きな痛手である事は間違いなく、事情を知ったリルはすぐに北方軍の陣へと乗り込む。
治療中のガームの幕舎にはレイナとリリスがすぐに送り込まれ、治療を行っていた治癒魔導士と交代して二人はガームの怪我の容態を確認する。胸元に大きな傷を負っているが、ガームは未だに死んでおらず、凄まじい生命力で生き延びていた。
「これは……随分と深手ですね。普通だったら死んでもおかしくはない傷です」
「兵士の人たちによると胸を貫かれたそうだけど……大丈夫なの?」
「ふむ、どうやらこの人は心臓の位置がずれているようですね。もしかしたら内臓逆位なのかもしれません」
内臓逆位という言葉通り、ガームの内臓はまるで鏡に映したように逆向きになっている事をリリスは見抜く。実際に内臓逆位は現実世界にも存在し、本来存在する内臓の位置が真逆のため、心臓の位置も微妙に違うらしい。
奇跡的にガームはツルギから胸元を貫かれた際、心臓の横を刃が通り過ぎたらしい。それでも身体を貫かれた事は事実のため、彼が致命傷を負っているのは間違いなかった。
「この状態での治療は残念ながら、私では難しいですね。レイナさん、お願いします」
「分かった……解析」
「ぐうっ……!?」
レイナは解析を発動させてガームの詳細画面を開き、状態の項目が「重傷」である事を確認すると、すぐに「健康」という文字へと書き換えようとした。だが、それに対してリリスがレイナの腕を掴んで治療を止める。
「待ってください、レイナさん。文字を書き換える時は軽傷という文章に変更してくれませんか?」
「えっ……どうして?」
「このまま完全回復させるといったいどんな治療法を使ったのか問われる可能性があります。その場合、他の人間にどんな治療法を扱ったのかを怪しまれる危険があります。なので怪我の具合を軽傷にさせて死なない程度に回復させましょう」
「それが何か問題があるの?」
「普通だったら死ぬような大怪我ですよ?なのにあっさりと治したら、私がとんでもなく優れた治癒魔法を扱えると勘違いされるじゃないですか。もしもそんな噂が広まれば、どんなに大怪我しても私がいれば治せると思い込む輩も現れるかもしれません。そうなると色々と面倒ですからね」
「よく分からないけど……リリスがそういうなら」
レイナとしては怪我を完全に直せるのに敢えて軽い怪我を残す事に抵抗感はあったが、リリスに言われた通りに文章を軽傷へと変化させる。その結果、胸元の傷口が一気に縮小化すると、ガームの表情も緩む。
リリスは傷口が塞がり、十分に治療可能な状態に陥ると彼女は自分が調合した薬草の粉末を塗って新しい包帯を巻く。簡単な治療でしかないが、事情を知らない人間からすれば致命傷を負っていたはずのガームがいつの間にか怪我が治りかけた状態になっているようにしか見えない。
「これでよしと……もう大丈夫でしょう。ほら、起きてください」
「ちょ、リリス!?」
「ううっ……こ、ここは?」
ぺちぺちと頬を叩いてガームを起こそうとするリリスにレイナは焦りを抱くが、ガームは目を覚ますとレイナとリリスの姿を見て驚愕の表情を浮かべ、同時に自分の身体の異変に気付く。
「お、お前達がどうしてここに……ぐうっ!?」
「動かない方がいいですよ。治療を終えたとはいえ、先ほどまでは意識不明の重体でしたからね」
「俺は……助かったのか?」
「一応は……ですけど、残念ながら王子の方は間に合いませんでした」
リリスはガームの隣のベッドで横たわっているガオに視線を向け、ガームは自分の甥の死体を見て衝撃を受けた表情を浮かべる。傷口が痛むのも無視してガームはベッドから降りると、ガオの死体の前に膝を付く。
振るえる腕でガオの頬に触れるが、既に死亡してから時間が経過し、彼の身体は冷たくなっていた。ガームは甥の死を実感して嘆き悲しみ、身体を震わせる。その様子を見てレイナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「一応、治療を施そうとしたんですけど……もう、俺達が来た時にはガオ王子は死んでいました」
「……そうか」
レイナもガオを救うために解析の能力を発動したが、残念ながら死亡した人間の詳細画面を開く事は出来ず、助ける事は出来なかった。レイナの解析の能力は死体には通じず、ガオを救う事は出来なかった。
ガームはガオの死体を前にして身体を震わせ、内心では怒りと悲しみが入り混じっていた。信じていた自分の師匠に裏切られ、大切な甥を殺されたという事実に彼は言葉に表せない感情を抱き、やがてガオの死体から手を離すと、ガームはレイナとリリスに振り返って自分をリルと会わせるように頼み込む。
「リルル王女に会わせてくれ……我が軍は投降しよう」
今回の戦の発端はガオを国王にするためにガームは戦う事を決意したが、そのガオは亡くなった以上は大義を失い、北方軍が王都を攻めいる理由は亡くなった。だが、代わりに彼は新しい目標を定め、リルルとの面会を希望した。
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