第489話 ガオの願い

「ぼ、僕は王子です。この国を救うためならば殉じる覚悟は出来ています……どうか、叔父上も判断を誤らないでください」

「が、ガオ……!!」

「ほう、中々立派な事を言うではないか。だが、その強がりがいつまで保てるかな?」

「ぐああっ!?」



ツルギはガオに紅月を再び突き刺し、死なない程度にガオの生命力を吸い上げる。その行為を見てガームは我慢できずに彼を救おうとしたが、ガオは口を開く。



「こ、殺すなら殺せ……僕だって、この国の王子だ!!お前のような悪党なんかに、誰が従うか!!」

「なっ……まだ耐えるか!?」

「ガオ、お前の気持ちはよく分かった。だが、死ぬときは一緒だ!!」



ガオの決死の覚悟にツルギは予想外の表情を浮かべ、そのガオの判断を耳にしたガームは覚悟を決めた様にツルギの元へ飛び込む。ツルギはガオの肉体から紅月を引き抜こうとしたが、それに対してガオは突き刺さった刃を両手で掴む。



「がああっ!!」

「ぬうっ!?は、離せっ!?」

「ツルギぃいいいっ!!」



紅月の刃を掴まれた事でツルギはガオの身体から刃を引き抜けず、そんな彼に対してガームは拳を振りかざすと、老体の顔面に向けて拳を叩き込む。大将軍を務めていた事もあるガームの膂力はすさまじく、大将軍を辞した後も一日も欠かさずに身体を鍛え続けてきた。


ガームの拳を受けたツルギの身体は派手に吹き飛び、紅月を手放して幕舎の外にまで飛ばされる。ツルギが離れた途端にガオは地面に倒れ込みそうになるが、咄嗟にガームがそれを受け止める。



「ガオ!!しっかりしろ、もう大丈夫だぞ!?」

「叔父上……どうか、この国を……姉上を、頼みます……」

「ガオ!?目を開け、ガオぉおおっ!!」



ガオは虚ろな瞳でガームを見上げると、この国の未来と義理の姉であるリルの事を彼に託し、そのまま目を閉じてしまう。その様子を見てガームは何度も身体を揺さぶるが、既にガオの肉体は冷たくなっていた。


甥の死を目にしてガームは泣き叫び、彼を死に追いやったツルギを許せなかった。ガオの身体を抱きかかえながらガームは幕舎の外に出ると、ガームによって派手に殴り飛ばされたツルギは鼻血を流しながらも起き上がろうとしていた。



「お、おのれ……ガーム、貴様!!」

「ツルギぃっ!!貴様の命はここまでだ!!」



ツルギが起き上がる前にガームはガオの身体を地面に横たわらせると、彼の元へ目掛けて駆け出す。いくら相手が自分の師匠であろうと、甥を殺した時点でツルギはガームにとては明確な敵であり、彼の命を絶つために拳を振りかざす。


しかし、ツルギの元にガームが辿り着く前にガオの肉体に絡まっていた「黒蛇」の如き闇属性の魔力が動き出し、ガームの身体を捉える。



「ぐおっ!?」

「ふんっ……愚か者が、黙って儂のいう事を聞いておれば良かった物を」



身体を黒蛇に拘束されたガームは動く事が出来ず、どれだけ力を込めようと拘束から振りほどけない。その様子を見てツルギは冷や汗を流しながらもガオの元へ向かい、彼の身体から紅月を引き抜く。



「ツルギぃっ……貴様だけは、貴様だけはぁああっ!!」

「ぐぅっ……いくら吠えたところで貴様では儂には勝てん。愚かな弟子よ、せめて最後は儂の手で葬ってやろう」

「ふざけるなぁあああっ!!」



ガームは怒りを露にしてツルギに立ち向かおうとするが、身体にとりつく黒蛇のせいで動く事が出来ない。そんな彼に対してツルギは紅月を構えると、彼の心臓に目掛けて突き刺す。



「さらばだ」

「がはぁっ……!?」



紅月はガームの胸元を貫き、背中まで貫通する。ガームは吐血し、ツルギの肉体が血を浴びると、彼は神妙な表情を浮かべて刃を引き抜く。流石のツルギも自分が最も期待して育てた弟子を殺す事に関しては思う所があるらしく、紅月の能力を使用してガームから生命力を奪う真似はせずに刃を引き抜く。


胸元を貫かれたガームはゆっくりと力を失い、やがて黒蛇が剥がれ落ちると地面に倒れ込む。その様子を見てツルギは黙り込み、ここに残っても自分に出来る事は何もないと判断した彼はその場を立ち去る。


軍の総大将を務めたガームが死亡し、ガオもいなくなったとすれば北方軍を動かす事が出来る人間はもういない。ツルギは自分の与えられた任務を果たせなかった事を悟り、彼はそのまま軍を立ち去った。





しかし、ツルギが立ち去った後に倒れていたガームの身体が突如として震え始め、彼は口元から血を流しながらもゆっくりと顔を上げる。胸元に掌を押し当てながらもガームは立ち上がると、消えてしまったツルギに呟く。




「俺は死なんぞ、ツルギ……必ず、この手でお前を討ち取って見せる……!!」




その後、騒動を聞きつけた兵士達がガームの元に駆けつけ、彼の身に何が起きたのかを理解すると、兵士達は慌てて彼の治療を行う。しかし、傷口が深すぎて生きている事自体が奇跡に等しく、北方軍が同行させた治癒魔導士ではどうしようもない大怪我だった。

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